企業と従業員を守るカスハラ対策
Contents
カスハラに毅然と対応する法的根拠|企業の対策義務と法改正の動向
近年、顧客からの度を越した要求、いわゆる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が、多くの企業で働く従業員を疲弊させる深刻な社会問題となっています。これまで現場任せになりがちだったカスハラ対応は、従業員の心身の健康を損なうだけでなく、企業の生産性低下やブランドイメージの毀損にもつながるため、早急な対策が求められています。
こうした状況を受け、2025年の法改正により、企業に対するカスタマーハラスメント対策の義務化が定められ、2026年10月1日から施行される予定です。将来的には、すべての企業が先んじて取り組むべき課題となります。この記事では、企業がカスハラに毅然と対応するための「法的根拠」と「法改正の動向」、企業と従業員を守るための「具体的なカスハラ対策」について詳しく解説します。
急増するカスハラ(カスタマーハラスメント)の実態
顧客や取引先からの不当な要求や迷惑行為であるカスハラが、業種を問わず社会問題として深刻化しています。インターネットやSNSの普及により個人の声が企業評価に直結しやすくなったことや、過度な顧客至上主義の誤解などが背景にあります。
カスハラとは?正当なクレームとの境界線
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、顧客や取引先からの言動のうち、社会通念上不相当な要求であって、従業員の就業環境を害するものを指します。
厚生労働省の定義などを参考にすると、カスハラを判断する際の主な軸は、「要求内容の妥当性」と「要求を実現するための手段・態様」の2つです。商品やサービスに対する率直な意見(正当なクレーム)とは異なり、暴言や長時間の拘束、過度な要求などは「手段・態様」において不相当と判断され、カスハラに該当する可能性があります。
【具体例】こんな行為はカスハラに該当する可能性がある
現場で頻繁に遭遇する可能性のある具体的な事例は以下の通りです。
- 暴言、名誉毀損、侮辱、差別的な発言 • 脅迫、威嚇、どう喝(「殺すぞ」「ネットに晒すぞ」など)
- 長時間の拘束、店舗への居座り
- SNSやインターネット上での誹謗中傷
- 土下座の要求や金品の過剰な要求 • 従業員個人へのつきまといなどのプライバシー侵害
カスハラがもたらす企業と従業員への深刻な影響

カスハラを放置することは、精神的なストレスから従業員のメンタルヘルス不調や離職を引き起こします。これにより、現場の士気低下、人材確保のコスト増大、企業のブランドイメージ低下など、経営全体を揺るがす深刻な事態を招きます。
従業員を守ることは、企業の持続的な成長を実現するための重要な経営戦略です。
カスハラ対応の法的根拠|企業が毅然と対応できる理由
企業がカスハラに対して毅然とした態度を取ることは、決して感情的な反発ではなく、法律に裏付けられた正当な行為です。
カスハラ行為が該当しうる刑法上の犯罪
カスハラ行為は、単なる迷惑行為にとどまらず、以下のような刑法上の犯罪に該当する場合があります。これらに該当する行為は、躊躇なく警察に通報すべき事案です。
- 脅迫罪(刑法第222条):生命、身体などに害を加える旨を告知する行為
- 強要罪(刑法第223条):土下座や念書の作成を強いる行為
- 威力業務妨害罪(刑法第234条):大声で騒ぎ立て店の業務を妨害する行為
- 不退去罪(刑法第130条後段):退去要求に応じず居座り続ける行為
- 恐喝罪(刑法第249条):相手を脅して金品や値引きを要求する行為
企業の「安全配慮義務」とは?従業員を守る法的責任
労働契約法第5条では、企業は従業員が安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をする「安全配慮義務」を負うと定められています。カスハラ対策(マニュアル策定、相談窓口の設置など)を怠り、従業員が心身の不調をきたした場合、企業は安全配慮義務違反として損害賠償請求を受けるリスクを負います。
民法上の不法行為として損害賠償請求も可能
民事上においても、カスハラ行為は「不法行為(民法第709条)」に該当し、企業や被害を受けた従業員が加害者に対して損害賠償(治療費、休業補償、慰謝料など)を請求できる可能性があります。企業が法的措置を検討する姿勢を示すことが、悪質なカスハラへの強力な抑止力となります。
【法改正に向けた動き】労働施策総合推進法における企業の対策義務化
2025年の法改正により、企業に対するカスタマーハラスメント対策の義務化が定められ、2026年10月1日から施行される予定です。
法改正の背景と企業に求められる「雇用管理上の措置」
カスハラによる労働者の心身の健康被害が深刻化していることから、国が義務化する具体的な措置は以下の5つが柱となります。
- 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
- 相談体制の整備(相談窓口の設置など)
- 事後の迅速かつ適切な対応(被害を受けた労働者への配慮やケアなど)
- 対応の実効性を確保するために必要なカスタマーハラスメントの抑止のための措置(特に悪質な事案への対処方針の決定など)
- そのほか併せて講ずべき措置(相談者のプライバシー保護、相談したことを理由とする不利益取扱いの禁止など)
対策を怠った場合のリスクとは?
対策を怠ると労働局からの指導や勧告、最悪の場合は企業名公表のリスクがあります。また、安全配慮義務違反による多額の損害賠償、従業員の離職、採用活動への悪影響など、企業経営に致命的なダメージを与える可能性があります。
カスハラは単なる顧客トラブルではなく、法的な対応が求められる重要な経営課題です。企業と従業員を守るためには、これらの法的根拠を正しく理解し、組織全体で対策を進める必要があります。
企業と従業員を守る!具体的なカスハラ対策
カスハラ(カスタマーハラスメント)が及ぼす影響
そもそも、国がカスハラ対策の義務化に踏み切った背景には、サービス業やコールセンターをはじめとする多様な職種において、カスハラによる労働者の心身の健康被害が深刻な社会問題となっている現状があります。過度な要求や暴言、威嚇行為などが常態化することで、従業員の精神的ストレスが増大し、メンタルヘルス不調による休職や離職が後を絶ちません。
これは個々の労働者の尊厳を傷つけるだけでなく、働く環境の悪化を通じて企業の労働生産性低下や人材確保の困難さにも直結しています。
企業が構築すべきカスハラ対策の全体像と具体的な手順
では企業は具体的に何に取り組んでいけばよいのでしょうか。具体的な手順についてみていきましょう。
【ステップ1】対応方針の明確化と社内外への周知
カスハラ対策の第一歩は、企業として「カスハラを許さない」という毅然とした方針を打ち出すことです。この方針を明確にすることで、従業員は安心して業務に取り組むことができ、また悪質な顧客に対しては企業全体で対応するというメッセージにもなります。
具体的には、この方針を文書化し、サービス利用規約等にカスハラに関する規定を盛り込むことが望ましいです。例えば「従業員に対する暴言、ハラスメント行為は一切容認しません」といった文言を明記することで、企業全体の方針という裏付けを持つ対応が可能になります。さらに、策定した方針を社内研修などで全従業員に周知徹底することはもちろん、自社の公式サイトや店舗内等の目立つ場所に掲示するなどして社外にも公表することが、悪質な要求に対する強力な抑止力となります。
【ステップ2】相談・報告体制の整備(相談窓口の設置)
カスハラ被害に遭った従業員が、ひとりで問題を抱え込まずに安心して相談できる体制を構築することは、企業の安全配慮義務を果たすうえで不可欠です。相談窓口は、形だけ設置するのではなく、実際に機能する実効性のあるものにする必要があります。
具体的には、まず相談窓口担当を配置し、対応可能な曜日や時間帯を明確に定めます。相談方法も、対面、電話、メール、社内チャットツールなど、従業員が利用しやすいように複数用意することが重要です。これにより、従業員は自身の状況や心理状態に合わせて、最適な相談手段を選ぶことができます。
さらに、相談者のプライバシー保護を徹底し、相談したことによって業務上の不利益な扱いを受けないことを明確にルール化し、社内に周知徹底することが不可欠です。これにより、従業員は安心して相談でき、隠蔽されることなくカスハラ事案が早期に把握できるようになります。相談後の対応フローについても、この段階で大枠を決めておくことで、実際に事案が発生した際に迅速かつ適切に対応することが可能になります。
【ステップ3】対応マニュアルの作成とエスカレーションフローの策定
カスハラはいつ発生するか予測が難しく、その場で適切な判断が求められる場面が多々あります。現場の従業員が判断に迷うことなく、統一された基準で対応できるよう、具体的な「カスハラ対応マニュアル」の作成は極めて重要です。このマニュアルには、カスハラの判断基準(正当なクレームとの線引き)、初期対応の手順、会話記録の取り方、安易に謝罪しない、不用意な言質を与えないための「言ってはいけないNGワード集」などを具体的に盛り込むとよいでしょう。
また、現場の従業員だけで対応が困難な場合や、事態がエスカレートしそうな場合に、速やかに上司、本社担当部署、法務部など適切な部署や専門家へ報告・相談するための「エスカレーションフロー」を明確に策定することも大切です。誰が、どのタイミングで、何を判断し、誰に報告・相談するのかを具体的に定めることで、対応の属人化を防ぎ、組織全体として迅速かつ的確な対応が可能になります。
これにより、現場の従業員は「ひとりで抱え込まなくてよい」という安心感をもって業務に臨むことができると思います。
【ステップ4】従業員への研修と教育の実施
対応マニュアルやルールを策定するだけでは不十分です。それらの内容が全従業員に浸透し、実践できるようになるためには、継続的な研修と教育が不可欠です。研修は、管理職向けと一般従業員向けに内容を分けることを推奨します。管理職向け研修では、カスハラの判断基準、部下からの報告の受け方、被害を受けた従業員へのケア、エスカレーションの判断基準、外部専門家との連携方法などに焦点をあてます。
一方、一般従業員向け研修では、カスハラに対する初期対応の心構え、具体的な対話テクニック、記録の重要性、相談・報告ルートの確認などを中心に行います。知識のインプットだけでなく、過去の事例を用いたケーススタディや、実際に理不尽な要求をされた際の対応を想定したロールプレイングを取り入れることで、従業員は実践的な対応スキルを身につけることができます。このような研修を定期的に実施することで、従業員のカスハラに対する意識と対応能力を高め、組織全体の対応力を向上させることが可能です。
【ステップ5】事後の迅速な事実確認と再発防止策
カスハラ事案が実際に発生してしまった場合の事後対応も非常に重要です。まずは、相談者である被害従業員と、行為者双方から速やかに事実関係を確認し、客観的な記録を確保することが求められます。具体的には、通話録音データ、メールのやり取り、監視カメラの映像、目撃者の証言など、証拠となりうるものをできる限り保全します。これらの記録は、後の法的措置や組織内での適切な判断を行う上で不可欠です。
事実確認と並行して、最も優先すべきは被害を受けた従業員のメンタルケアです。面談を通じて従業員の心情に寄り添い、必要に応じて産業医との連携、あるいは外部カウンセリングサービスの紹介などを速やかに実施します。従業員が安心して復職できるよう、適切な休業や配置転換なども検討する必要があるでしょう。
そして、発生した事案を単なる個別事例で終わらせるのではなく、組織全体で分析し、なぜ発生したのか、どのようにすれば防げたのかを検証します。この検証結果を基に、対応マニュアルの見直し、研修内容の改善、新たなツール導入の検討など、具体的な再発防止策に繋げることが重要です。
このようなPDCAサイクルを継続的に回すことで、組織全体のカスハラ対応能力は着実に向上し、従業員を守る強固な体制が構築されていくようにしていきます。
現場で役立つ!従業員のためのカスハラ初期対応マニュアル
カスタマーハラスメント(カスハラ)は、時に従業員の心身に大きな負担をかけます。しかし、具体的な対応策が不明確なままでは、現場の従業員がひとりで抱え込み、精神的に疲弊してしまうことにもつながりかねません。
ここでは、もしあなたがカスハラに直面した際に、自身を守りながら適切に対応するための具体的な行動指針をご紹介します。企業として組織的な対策が整うまでの間も、現場の従業員がすぐに実践できる心構えやテクニックをまとめました。これは、あなたが安心して職務を遂行できるよう、そして何よりもあなた自身を守るための重要な情報です。
基本姿勢:一人で抱え込まず、冷静に対応する
カスハラに遭遇した際に最も重要な心構えは、決してひとりで抱え込まないこと、そして相手の挑発に乗らず常に冷静さを保つことです。カスハラを行う顧客の目的は、従業員を精神的に追い詰めたり、感情的な反応を引き出したりすることにある場合が少なくありません。そのため、感情的にならず、あくまで会社の一員として、事務的かつ毅然とした態度で対応することが求められます。
「これは私の責任ではない、組織全体の問題である」という意識を持ち、すぐに上司や同僚に助けを求めることをためらわないでください。あなたの会社には、従業員を守る責任があります。ひとりで対処しようとせず、必ず周囲のサポートを求めることで、精神的な負担を軽減し、より適切な対応が可能になります。
対応のポイント:記録の重要性と複数人での対応
カスハラへの初期対応において、特に重要となるポイントは「複数人での対応」と「記録の徹底」の2点です。まず、複数人での対応は、精神的なプレッシャーを軽減するだけでなく、相手の言動を客観的に確認し、言質を取られるリスクを避けるためにも不可欠です。可能であれば、必ず上司や他の従業員に同席を求め、一人で顧客と向き合う状況を避けましょう。
次に、記録の徹底は、後の事実確認や、場合によっては法的措置を講じる際に極めて重要な証拠となります。電話対応であれば、相手の許可を得て通話を録音することが有効です。対面での対応でも、会話内容を時系列で詳細にメモしてください。記録すべき項目としては、日時、場所、相手の氏名(分かる範囲で)、具体的な発言内容、それに対するあなたの対応、同席者の氏名などがあります。これらの客観的な記録があることで、不当な要求や言動に対する企業の対応が正当化され、あなた自身を守ることにつながります。
ケーススタディ
カスハラにおいて頻繁にみられる理不尽な要求に対しては、毅然としつつも冷静な断り方が求められます。以下に代表的なケースと、その際の具体的な言い回しの例をご紹介します。
ケース1:「上司を出せ」
顧客:「お前じゃ話にならない。上司を出せ!」
従業員:「申し訳ございません。担当者が席を外しておりますが、内容につきましては私が責任を持って承り、上司に申し送りをいたします。再度改めてお話しいただいてもよろしいでしょうか」
✅ポイント:その場で上司を呼ぶことが難しい場合でも、責任を持って報告することを伝え、会話を継続しようと試みます。
ケース2:「誠意を見せろ」「金を出せ」
顧客:「お宅のせいで損害が出た。誠意を見せろ、金銭で償え!」
従業員:「ご不快な思いをさせてしまい大変申し訳ございません。しかしながら、金銭的なご要求につきましては、私の一存ではお受けできかねます。一度お預かりし、しかるべき部署で検討させていただきます。詳細をお聞かせいただけますでしょうか」
✅ポイント:金銭要求には安易に応じず、会社の規定に基づいた対応を明確に伝えます。
ケース3:「土下座しろ」
顧客:「こんな対応しかできないのか!土下座して謝れ!」
従業員:「ご期待に沿えず大変申し訳ございません。しかしながら、ご要求のような行為はできかねます。誠心誠意、問題解決に努めさせていただきますので、具体的な内容をお聞かせいただけますでしょうか」
✅ポイント:非を認める姿勢は示しつつも、身体的な拘束や屈辱を伴う要求は明確に断ります。
ケース4:「お前じゃ話にならない」
顧客:「こんな担当者では話にならない。もっとまともな人間を出せ!」
従業員:「ご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。しかし、私どもはお客様への対応を責任を持って行っております。お話の内容をもう一度お聞かせいただけますでしょうか。私で対応が難しい場合は、責任者が対応いたします」
✅ポイント:冷静に対応の意思を示し、必要に応じて上長へのエスカレーションを促します。
これらのフレーズは、要求そのものには応じられないことを明確に伝えつつ、対話を打ち切る口実を与えないようにするためのものです。決して感情的にならず、会社の規定や方針に基づいて対応することが重要です。
自身のメンタルヘルスを守るためのセルフケア
カスハラへの対応は、多大な精神的ストレスを伴うことがあります。対応後の心の健康を守るためのセルフケアは、あなた自身の心身を守るうえで非常に重要です。まず、ストレスを感じたときは、信頼できる同僚や上司に話を聞いてもらうことが大切です。ひとりで抱え込まず、感情を共有することで、気持ちが楽になることがあります。
また、仕事から離れた時間では、趣味に没頭したり、リラックスできる活動を行ったりするなど、仕事とは全く関係ない時間を持つことが有効です。適度な運動や十分な睡眠も、ストレス軽減には欠かせません。もし精神的な不調が続くようであれば、我慢せずに会社の相談窓口や産業医、外部のカウンセリングサービスなどを積極的に利用してください。あなたはカスハラの被害者であり、決して自分自身を責める必要はありません。適切なケアを受けることは、あなたの権利であり、健全な職業生活を送るために不可欠なことです。
外部リソースの活用でカスハラ対策を強化する
カスハラ発生時「いつ、誰に相談すればよいのか」と現場が迷うことは少なくありません。適切なタイミングで外部専門家と連携することで、事態の悪化を防ぎ、法的な対処をスムーズに行うことができます。
警察へ相談・通報すべきケースとしては、暴力行為、明確な脅迫、店舗への居座りなど、従業員の身の危険を感じる場合や、緊急を要する事態が挙げられます。これらの行為は刑法に抵触する可能性が高く、速やかな介入が必要です。
一方、私たち弁護士に相談すべきケースは、損害賠償請求の検討、悪質なクレームに対する法的な対応方針の策定、就業規則やカスハラ対策規定の整備など、法的な判断や事前準備が必要な場合です。また、平時から顧問弁護士と契約しておくことで、いざというときに迅速かつ的確なアドバイスを受けることが可能となり、精神的な安心感にもつながります。弁護士は、単なる法的な対応だけでなく、企業としてのリスクマネジメントや、従業員を守るための制度設計においても重要な役割を果たしていきます。
これらの外部専門家との連携をスムーズにするためには、日頃から相談窓口や連絡先を明確にし、緊急時の連絡体制を従業員に周知しておくことが不可欠です。また、相談の際には、発生したカスハラの詳細な記録(日時、場所、言動、対応者、録音データなど)を提示できるよう準備しておくことで、より具体的なアドバイスや支援を得られるかもしれません。
カスハラ対策に有効なツール・サービス(通話録音、AI解析など)
テクノロジーの進化は、カスハラ対策においても大きな役割を果たします。特に、通話録音システムは、電話対応における証拠確保の点で非常に有効です。お客様とのやり取りを正確に記録することで、言った言わないの水掛け論を防ぎ、万が一の事態に備えることができます。また、従業員にとっては、録音されているという安心感が心理的な負担軽減にもつながります。
最近では、音声認識AIを活用したサービスも登場しています。これは、通話内容をリアルタイムでテキスト化し、特定のキーワード(暴言や威嚇的な言葉)を検知してアラートを出すことで、早期にカスハラを認識し、適切な対応を促すものです。これにより対応の属人化を防ぎ、組織として統一された対応が可能になります。さらに、防犯カメラやウェアラブルカメラは、対面でのカスハラにおいて、客観的な状況証拠を残すとともに、相手に対する抑止効果も期待できます。これらのツールを導入することで、担当者の主観に頼らない客観的な事実認定が可能となり、カスハラ対応の標準化と従業員の負担軽減に大きく貢献するはずです。
国や自治体が提供する相談窓口・支援制度
カスハラ対策は、企業が単独で取り組むだけでなく、国や自治体が提供する公的な支援リソースを積極的に活用することも大切です。厚生労働省は「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公開しており、カスハラの定義、対応手順、企業が講ずべき措置などが網羅的にまとめられています。
これは、自社のカスハラ対策ガイドラインを作成するうえで非常に参考になるでしょう。また、啓発ポスターや研修動画なども提供されており、社内での周知・教育活動に役立てることができます。
各都道府県の労働局では、労働問題全般に関する相談を受け付けており、カスハラに関する労使間のトラブルについても相談に乗ってもらえます。東京都のように、カスハラ防止条例を制定している自治体もあり、これらの条例に基づく相談窓口や支援制度も活用できます。これらの公的機関は、無料で利用できることが多く、専門的な知見に基づいたアドバイスや情報提供が受けられるため、ぜひ積極的に活用し、自社のカスハラ対策をより強固なものにしてください。
法的根拠を武器に、組織全体で従業員を守る体制を構築しよう
カスタマーハラスメント、いわゆるカスハラは、もはや個々の従業員が現場で対応すべき「顧客とのトラブル」の範疇を超え、企業経営における重要な課題となっています。カスハラ対策は、法的な裏付けを持つ企業の責務であり、適切に対応しない場合、企業活動そのものに深刻なリスクをもたらしかねません。
これまでの記事を通じて、カスハラが単なる迷惑行為ではなく、脅迫罪や威力業務妨害罪といった犯罪に該当しうること、そして企業には労働契約法に基づく「安全配慮義務」があること、さらには民法上の不法行為として損害賠償請求の対象にもなることをご理解いただけたことと思います。これらの法的根拠は、企業が従業員を守るために毅然とした態度で臨むべき、確固たる理由となるものです。
対策を講じるにあたり、まずは経営トップがカスハラに対する明確な方針を打ち出し、それを就業規則に明記することから始めてください。次に、従業員が安心して相談できる窓口を設置し、具体的な対応マニュアルとエスカレーションフローを策定します。そして、これらの仕組みを全従業員に浸透させるための継続的な研修と教育が不可欠です。万が一カスハラが発生した場合には、迅速な事実確認と被害従業員へのケアを最優先に行い、再発防止へと繋げることが重要です。
社内のリソースだけでは限界があると感じる場合は、警察、弁護士といった外部専門家との連携を検討し、通話録音システムや音声認識AI、防犯カメラなどのテクノロジーを積極的に活用することも有効です。また、厚生労働省や各自治体が提供するマニュアルや相談窓口といった公的支援も活用し、自社の対策を強化していきましょう。
従業員が安心して働ける職場環境を構築することは、単に従業員の満足度を高めるだけでなく、企業の生産性向上、離職率の低下、そして何よりも企業のブランドイメージと社会的評価を高めることに直結します。法的根拠を武器に、組織全体で従業員を守る体制を構築し、持続的な成長を実現していきましょう。
弁護士法人シーライト
最新記事 by 弁護士法人シーライト (全て見る)
- 企業と従業員を守るカスハラ対策 - 2026年7月15日
- 2026年4月施行法改正の対応、終わっていますか?人事労務視点でチェック - 2026年6月3日
- 5月29日(金) 終日不在のお知らせ - 2026年5月19日
ハラスメントに関するその他の記事はこちら
弁護士コラムに関するその他の記事はこちら
- 2026年4月施行法改正の対応、終わっていますか?人事労務視点でチェック
- 固定残業代は有効?無効?裁判例から分かる要件と企業の注意点
- 定期健康診断や制服に着替える時間は給料を払わなくてもよい?
- 私的チャットの時間についても支払ってしまった給料は取り返せないのか?
- 育児休業者の処遇の変更は違法? 許されるケース・NG事例を解説
- 痴漢行為で逮捕された場合、懲戒処分の対象となるのか?
- 飲酒運転と懲戒処分
- 採用内定の法的性質と内定取消しについて
- セクハラ問題においてどのような処分が妥当なのか? ~懲戒処分は妥当か否か~
- 通勤手当の不正受給と懲戒処分について
- 年次有給休暇の時季変更権って何?
- 割印って何のために押すの?割印の意味や契印との違い等について解説
- その身元保証、有効ですか?身元保証契約の有効期間や注意点等について解説
- メンタルヘルス不調が原因で問題行動・勤怠不良を繰り返す社員の解雇
- 取り返せなくなる前に!従業員による横領等の被害を回復する方法について解説
- 他社事ではない!?従業員による横領等の原因や刑事・民事責任について解説
- 被害回復・お金の回収をしたい。弁護士さんも一緒にやってくれるの?
- 経営者必見-経理担当が架空口座へ送金している(全業種)
- 経営者必見-レジの中身とレシートがあわない(小売、飲食、医業)
- 長時間労働を指摘されるパターンと対策
- 事業場外労働時間制と専門型裁量労働制の「みなし労働時間制度」について
- 人事異動は自由にできる?配置転換を拒否されてしまう正当な理由について
- 従業員を出勤停止にしたい!給与の扱いなどの注意点について
- 不当解雇と言われトラブルになった場合の解雇の撤回について
- 対策しておけばよかった・・・となる前に、中小企業は労務のリスクマネジメントを!
- 普通解雇・懲戒解雇どちらを選ぶべき?懲戒解雇がお勧めできない3つの理由
- 問題社員対応(解雇など)を弁護士に相談すべき3つの理由
- 問題を起こした従業員に対してはどのような懲戒処分ができるのか?
- 解雇にあたって使用者の義務とされる解雇予告についての注意点
- 労働基準監督署による調査や是正勧告への対処方法
- 問題社員を解雇する場合は要注意!解雇の種類とその選択
- ストレスチェック制度について
- うつなどメンタル不調従業員との雇用契約は解消できるか
- 会社は健康診断の受診拒否や再検査を怠る従業員を懲戒処分できるか?
- 出向・転籍・配転を行うにあたって押さえておくべきポイント
- 労基署に最低賃金法違反の指摘を受けないよう気を付けるべきこととは?
- 育児介護休業法について押さえておくべきポイント(令和3年改正対応)
- 業務上労災にあった従業員の解雇制限
- メンタルヘルス不調者に関する労務対応④ ~ハラスメントと会社の安全配慮義務~
- メンタルヘルス不調者に関する労務対応③ ~長時間労働と会社の安全配慮義務~
- メンタルヘルス不調者に関する労務対応② ~主なQ&A~
- メンタルヘルス不調者に関する労務対応① ~休職制度利用開始から自動退職までの対応~
- 従業員のSNSトラブルに対して企業の取るべき対応策
- 残業代請求~名ばかり管理職とは?
- 副業・兼業の導入
- 自己都合退職の退職金
- 退職勧奨
- パートの有給休暇・有給付与義務について

