問題を起こした従業員に対してはどのような懲戒処分ができるのか?
Contents
1 設例
Xはマイカー通勤していたが、会社内の飲み会があった日の帰り、酒気を帯びた状態でマイカーを運転しての帰宅途中、路上に停車中の自動車に追突するという物損を起こした。
会社はXに対する懲戒処分を検討している。
2 使用者はどうやって懲戒処分を決めたらよいのか
どのような懲戒処分をするのかを決めるのは使用者です。
しかし、懲戒処分を決めるにあたり使用者としては、
① そもそも懲戒処分にはどのようなものがあるのか分からない!
② 懲戒処分の手続をどうやって進めて行ったらいいのか分からない!
③ 従業員が懲戒処分に不満を持ち争ってきたら困るし、争われた結果負けてしまったらどうしよう!
という悩みを持つことになると思います。
3 ①懲戒処分にはどのようなものがあるのか分からない! ~懲戒処分の種類・内容
判例は、使用者は企業秩序を定立・維持する権限を有し、労働者は企業秩序を遵守する義務を負うが、懲戒処分を行うためには雇用契約上に特別な根拠が必要である、という考えに立っています。
この特別な根拠が、就業規則上の懲戒事由に関する定めになります。つまり、懲戒処分の種類は就業規則で定められた内容を見れば確認できます。
懲戒事由の内容は会社ごとに微妙に異なりますが、概ね以下のような懲戒処分を定めている会社が多いです。
懲戒処分の種類 | 懲戒処分の内容 |
けん責・戒告 | 戒めをすることだが、始末書を出させるか否かで名称が異なる。 けん責=始末書の提出を求める 提出をしてこなかったとしても強制はできないし、提出しなかったことを理由に懲戒処分はできない。 提出しなかったことについては考課査定や配置昇進など人事権の行使にあたって考慮することとなる。 |
減給 | 減給できる金額は、1つの問題行動に対して給料半日分が上限(厳密には平均賃金の半額)であり、問題行動が複数あっても減給できる総額は1つの支払い時期につき10分の1までとされている。 降格・降職や異動に伴って給与が下がる場合は、この減給とは異なるので注意が必要。 |
降格・降職 | 人事権の行使(異動や出向・転籍など)としてではなく、懲戒処分として降格・降職(懲戒処分として課長補佐から係長へ降職するなど)を行うもの。 |
出勤停止 | 自宅謹慎などともいわれ、出勤停止期間中は賃金が支給されず勤続年数にも算入されない。 法律で期間の定めはないが、期間としては一般的には10~15日程度とされることが多いようである。 |
諭旨解雇(諭旨退職) | 懲戒解雇を若干軽減した処分というイメージの処分であり、会社が処罰として従業員を辞職させる処分ではあるものの、会社と従業員との合意による退職という形をとる。退職金制度のある会社では退職金が支払われるケースが多い。 |
懲戒解雇 | 懲戒処分の極刑と言われており、会社が処罰として強制的に従業員を解雇する処分。一般的には退職金が支給されない。 裁判となってしまった場合、懲戒解雇処分が有効性と認められるハードルは極めて高く、懲戒解雇が有効と認められても退職金の支給を命じられてしまうケースもある点に注意が必要。 |
使用者としては、自社の就業規則に定められた懲戒処分の中から選択すればよいと言えます。ではどの懲戒処分を選択するのが適切か、ということについては、詳しくは5で後述します。
なお、大前提として、就業規則は労働者に周知されていなければなりません。
第七条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。
周知とは、例えば「各事業所の見やすい場所に備え付けていた」とか、「印刷した就業規則を事務机の中に備え置いていることを朝礼時に全従業員へ告知していた」といったことをいいます。
店長に申し出ればいつでも就業規則を閲覧できたという状態では周知されていなかったと判断している裁判例もありますので注意が必要です(東京地判 H20.4.18 PMKメディカルラボほか1社事件)。
4 ②懲戒処分の手続をどうやって進めて行ったらいいのか分からない!
~懲戒処分手続の進め方
(1)問題行動の調査
まずは従業員がどのような問題を起こしたのか調査を行います。
この調査の過程で、従業員の起こした問題行動がどういったものだったのかを後に立証できるだけの証拠を集めます。
設例でいえば、酒気帯びで物損事故を起こしたことについて警察からの情報収集及び収集した情報の文書化、交通事故証明書が入手可能であればその入手、損壊した車両の写真、被害者が判明するようであれば被害者へお詫びして事情を聴取して文書化する、飲み会で同席した他の従業員から飲酒の状況を聴取して文書化する、といったことが考えられます。
調査を進めている最中に、従業員を出勤させていると証拠の隠ぺいを図る恐れがある場合もあり得ます。設例ではあまり効果的な証拠隠ぺいはなさそうですが、飲み会で同席した従業員らへ直接接触しての口止め工作などが考えられるところでしょうか。
こういった場合は従業員に自宅待機を命じる必要がありますが、この場合の自宅待機は業務命令であり懲戒処分ではありません。業務命令としての自宅待機には賃金の支払い義務が発生するという点に注意が必要です。
(2)該当する懲戒事由の確認
調査と並行し、就業規則に定められた懲戒事由を確認します。従業員が起こした問題行動が就業規則上のどの懲戒事由に該当するかを検討し、問題行動に当てはまる懲戒事由があることを確認します。
設例のケースは職務と直接関連する問題行動ではないため、一見すると明確に当てはまる具体的な懲戒事由がないということもあるでしょう。
そのような場合は、「その他前各号に準ずる程度の行為を行ったとき」といったような包括規定があればこの規定を適用することになりますが、そういった包括規定がない場合、あてはまる懲戒事由がないにもかかわらず無理して懲戒処分をしてしまうと懲戒処分が無効になる可能性が高いので注意が必要です。
(3)懲戒処分の選択
先ほど述べたように、従業員の起こした問題行動に見合った懲戒処分を選択します。後に懲戒処分を争われたとしても、有効性を維持できるかどうかを十分に吟味する必要があります。どういった視点で吟味すればよいかについては5で後述します。
(4)懲戒処分手続
上記(1)から(3)までが準備できたら、実際に懲戒処分手続を進めていくこととなります。
基本的には、就業規則に定められた懲戒処分手続のルールに沿っていけばよいのですが、具体的な定めがない場合や定められた内容が不十分な場合もあるでしょう。そのような場合も含め、注意しなければならない点を挙げると以下のとおりです。
まず、就業規則に懲罰委員会を開催して、懲戒処分を行う旨の定めがある場合は、必ず就業規則の定めたとおりの懲罰委員会を開催しましょう。そして、懲罰委員会を確かに開催したということを証拠として残すため、A4で1枚程度の簡単なものでもよいので議事録を作成し、参加者が署名押印をするようにしましょう。
次に、問題を起こした従業員に対し、必ず弁明の機会を与えましょう。弁明の機会を与えたということを証拠に残すため、弁明の機会を付与する旨の通知書を従業員に対し交付し、相当程度の猶予期間を置き、弁明を聴取してその内容を記録するか、弁明を書面で提出させ、これらを保存します。
最後に、懲戒処分を実行します。具体的には、調査の結果明確となった問題行動の内容、それがどの懲戒事由に該当するかということ、実行する懲戒処分の内容が記載された懲戒処分通知書を従業員に対して交付します。
たびたび問題行動を起こす従業員に段階的に思い懲戒処分を課していく場合、その従業員が以前にも懲戒処分を受けたということを明確にして、証拠に残しておかなければ後に争われた場合に、使用者側が負けてしまいかねません。そのため、懲戒処分は必ず書面で行いましょう。
5 ③従業員が懲戒処分に不満を持ち争ってきたら困るし、争われた結果負けてしまったらどうしよう!~懲戒処分の相当性
懲戒処分にあたっては上記4で述べた手続を踏まなければなりませんが、手続きを踏めばどのような懲戒処分であっても有効になるというわけではありません。
労働契約法(懲戒)
第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
懲戒処分が客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合は、権利濫用で無効となってしまいます。
懲戒処分が相当とされるには、
A)問題行動と懲戒処分との均衡
B)公平性が必要である
とされています。
まずA)問題行動と懲戒処分との均衡とは、懲戒処分の対象となる行為内容やその従業員の情状を適切に考慮せず重すぎる処分を課してはならないということです。
これには、例えば遅刻など、就業規則違反となるもののそれまで厳しく取り締まってこなかった行為に対してこれからは厳しく臨もうとする場合など、これまで懲戒処分の対象としなかった行為に懲戒処分を課していく場合なども含まれます。
ルールはあるが現実に運用してこなかったルールを現実に運用して以降とする場合、少なくとも明確な社内告知が必要でしょう。
裁判例では、業務繁忙期に使用者が行使した時季指定権を無視して休暇を取得した従業員に対する懲戒休職処分6か月は重過ぎるとして3か月の限度で有効としたもの(盛岡地一関支判H8.4.17 岩手交通事件)、宴席でのセクハラ言動に対しいきなり懲戒解雇処分をしたことを無効としたもの(東京地判H21.4.24 Y社事件)、業務命令に従わなかったとして諭旨解雇処分としたことにつき、業務方針に関する意見対立を背景としており、上司らにも柔軟性を欠いていたとして無効としたもの(東京地判H22.2.9 三井記念病院(諭旨解雇事件))など、懲戒処分が重すぎると判断された事例は多数あります。
次にB)公平性とは、特定の従業員だけが重い処分を課すようなことがあってはならないということです。先例を踏まえ、同じ規定に同じ程度に違反した場合には、同じ程度の処分がなされなければなりません。
裁判例では、部下の不明金着服の監督者に対する諭旨解雇処分について、当該不明金の他の関係者への処分と比較して重すぎるということで無効としたもの(東京地判H11.12.17 日本交通事業社事件)、社内規定に違反して会社に損害を与えたことについて懲戒解雇処分としたことにつき、自己の利益を図ろうとしたものではなく全社的な行為でありその従業員の責任が最も重いとはいえない反面代表取締役は顧問を解任されただけであり公平性に疑問有として無効としたもの(東京地判H17.11.22 伊藤忠テクノサイエンス事件)、3か月の停職処分をしたことについて、過去の処分例で3か月以上の停職処分とされた事例と比較すると処分内容が重すぎるため無効としたもの(大阪高判H20.11.14 関西大学事件)などがあります。
懲戒処分を選択するにあたっては、以上を参考に、重すぎないように不公平にならないようにという視点で吟味しましょう。
設例でいうと、懲戒解雇や諭旨解雇(諭旨退職)は重過ぎるのものの、降格・降職や出勤停止はどうだろうか、少なくとも減給にしようか、というような検討を進めて行くことになろうかと思います。
使用者の業種が貨物自動車運送業などで、自動車運転が会社の業務と直接・密接に関連を有し、使用者としても交通事故の防止努力・酒気帯び運転などへの厳正な対処が社会的に求められているような事情がある場合は、より重い処分を選択すべきことになろうかと思います。
6 従業員に対する懲戒処分でお悩みの事業主様や人事担当者様へ
以上のように、問題社員に対して懲戒処分をしようにも、事業主の方や人事担当の方は、そもそも懲戒処分にはどのようなものがあるのか分からない!懲戒処分の手続をどうやって進めて行ったらいいのか分からない!従業員が懲戒処分に不満を持ち争ってきたら困るし、争われた結果負けてしまったらどうしよう!という悩みに直面することになると思います。
安易に懲戒解雇などを選択した場合、解雇した従業員と泥沼の紛争をする羽目になり、懲戒解雇が無効と判断された場合に支払わなければならないバックペイの金額は会社の経営を揺るがしかねないほどに多額(数百万円)となることも珍しくありません。
当事務所では問題社員対応の支援なども行っております。
https://corporate.cright.jp/wordpress/field/employee/post-381/
また、顧問契約をご締結いただき、労働問題をはじめとした様々な法律問題(取引先との交渉やトラブルなど)にも継続的に対応させていただいております。
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お悩みの方は、まずはご相談されることをお勧めいたします。
弁護士 阿部 貴之
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