自己都合退職の退職金

1 ケース

神奈川県藤沢市のY塾に雇用されていた講師Xが退職することになった。

①  Y塾退職金規定上「定年退職、会社都合退職等の場合」と「自己都合退職の場合」とで支給基準に差異があり、自己都合退職の場合は支給基準が低く設定されていた。

②  Y塾就業規則上「退職後、競争相手である競業他社に再就職する場合、退職金を不支給または減額にする」とあったところ、講師Xは、神奈川県茅ヶ崎市のZ塾に再就職しており、しかもY塾の顧客データや教材データをZ塾に漏らしていた。
Y塾もZ塾も同じく高校受験対策を行っている塾だったため、データの漏示によってY塾に損失が生じた。

2 退職金

1 退職金を支払う義務があるか?

退職する社員に支給される手当を総称して、退職金といいます。

退職金の支給は義務付けられているものではありません。したがって、退職金を支払うか否かは使用者の自由です。しかし、労働契約の内容となっている場合には、退職金を支払わなければならないことになります。具体的には、就業規則に定めた場合や慣行になっている場合などです。

2 退職金について、どのような規制があるか?

(1)就業規則への記載

就業規則上に退職金制度を設けた場合
・適用される労働者の範囲
・退職金の支給要件
・金額の計算、支払いの方法,支払いの時期
を記載しなければいけません(労基法89条1項3号の2)。

(2)支払方法等の規制

退職金も労基法上の「賃金」にあたることから、以下の規制がかかることになります。
・賃金は通貨で支払わなければならない(通貨払い
・従業員に直接支払わなければならない(直接払い
・天引きしてはならず、全金額を支払わなければならない(全額払い

3 退職金にはどのような性格があるか?

退職金は、賃金の後払い的性格、功労報償的性格、生活保障的性格が複合したものといわれます。

賃金の後払い的性格とは、新卒時の社員のOJTにかかったコストを回収するために、働き盛りの賃金を抑えた上で、退職時に抑えられた賃金を後払いすることをいいます。退職金の後払い的性格を強調すると、本来もらえるはずであった賃金を不支給・減額することは許されないことになります。

これに対して、功労報償、すなわち、会社への貢献に対して社員に特別に報酬として与えるという性格からすると、逆に会社への貢献がなかったことになるほどの裏切り(同業他社への再就職、横領行為等)があるのであれば、退職金の不支給・減額が認められることになります。

このいずれが強調されるかは、退職金規定の定め方によって異なります。判例では、広告代理店の営業社員が同業他社へ転職した事案で、退職手当の2分の1のみを支給するとの就業規則上の定め自体は有効としています(最二小判昭52・8・9労経速958号25頁)。

3 自己都合退職の退職金

1 ケース①の場合

①のように、自己都合退職の場合に支給基準を低く設定することは、退職金の功労報償的性格から基本的には許されることになります。しかし、あまりに差異があって、賃金の後払い部分をも支払っていないと評価されてしまう場合には、一定程度の損害賠償請求が認められる可能性があります。

2 ケース②の場合

②のような、競業他社への再就職の場合には注意が必要です。ポイントは、会社への貢献がなかったことになるほどの裏切りがあるか?というところです。

ケース②の場合、Y塾とZ塾は湘南地域として商圏的に重なりがあって、しかも、Xが顧客データや教材データをZ塾に漏らした。そのうえ、Y塾に損失が生じたという事情があります。
これらのことからすると、顧客や教材データといった塾の根幹的な情報を同じ商圏にある塾にもらしたことになりますし、実際に損失も生じていることから、Xの行為は退職金の減額が認められるに値するほどの裏切りであったと評価できます。そのため、退職金の減額が認められる可能性は高いです。不支給の場合は、Xに与える不利益が大きいことから、より慎重な検討が必要になります。

これに対して、仮に「講師Xが地元の沖縄の塾に再就職した。その塾は大学受験対策を行っていたが、講師XはY塾の顧客データや教材データをもらすことはなかった」と事情を変えた場合、商圏的な重なり合いがありません。
すなわち、沖縄と湘南では地域的に異なっていて、しかも、塾のターゲットも高校受験と大学受験とで異なっています。そのうえ、講師Xはデータの漏示をしていないわけですから、講師XはY塾への貢献を裏切ったとはなかなかいえないため、不支給はもとより、減額も許されない可能性があります。

4 まとめ

今回のケースのように、就業規則上「退職後、競争相手である競業他社に再就職する場合、退職金を不支給または減額にする」とあったとしても、この文言通りに不支給や減額とすると、違法となる場合があります。
判例は、退職金の性格として功労報償の側面があることから、その点で不支給・減額を認めるのであって、会社への貢献がなかったことになるほどの裏切りがない場合には、たとえ、競業他社に再就職していたとしても退職金の不支給・減額が認められないことがあります。
こうした落とし穴にはまらないためにも、退職金に関してトラブルがある場合、ぜひ当事務所にご相談ください。

 

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弁護士法人シーライト

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