普通解雇・懲戒解雇どちらを選ぶべき?懲戒解雇がお勧めできない3つの理由
1 懲戒解雇とは?
解雇には大きく分けて普通解雇と懲戒解雇の2種類があります。
普通解雇は雇用契約の解約であるのに対し、懲戒解雇は企業秩序違反に対する懲戒処分のうち最も重い制裁罰です。
そのため、両者はそれぞれ有効要件が異なっております。
そして、実務上一般に、懲戒解雇は普通解雇以上にその有効性が厳しく判断される傾向にあります。
事業主にとっては、問題のある従業員との縁を切る行為という意味では懲戒解雇も普通解雇も違いはありません。
では、普通解雇か懲戒解雇か、いずれかを選択する上でどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか?
2 普通解雇ではなくあえて懲戒解雇にするメリット
(1)条件を満たせば解雇予告手当の支払いが不要となる
会社が労働者を解雇する場合、解雇予告か解雇予告手当支払いの手続が必要になります。
(解雇の予告)
第二十条
使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少なくとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合又は労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合においては、この限りでない。
・・・以下略
詳しくはこちらもご覧ください。
しかし、以下アからカの条件のいずれかに当てはまる従業員を懲戒解雇する場合には、事前に労働基準監督署に「解雇予告除外認定許可」を申請して許可を受ければ解雇予告の手続は不要となり、即時に解雇することが可能となります。
ア.極めて軽微なものを除いて、事業場内における窃盗、横領、傷害などの刑事犯に該当する行為があった場合等
イ .賭博、風紀の乱れ等により職場規律を乱し、他の労働者に悪影響を及ぼす場合等
ウ .経歴詐称(雇入れの際の採用条件の要素となるような経歴を詐称した場合や、雇入れの際、使用者の行う調査に対し、不採用の原因となるような経歴を詐称した場合)
エ. 他の事業場へ転職した場合
オ .2週間以上正当な理由なく無断欠勤し、出勤を促しても応じない場合
カ .出勤不良で、何度注意をしても改めない場合
(2)条件を満たせば退職金の支払いが不要になる
多くの会社には、就業規則などに何らかの退職金の支給規定が定められていることと思います。
そして、退職金支給規定と併せて、一定の場合には退職金を不支給または減額するという条項が定められている場合が多いです。そのようなケースではほとんどの場合、懲戒解雇を退職金の不支給または減額事由としております。
こういった場合、退職金の支払いが不要になる可能性があるということが懲戒解雇にするメリットの1つとして挙がってくることとなります。
ただし、退職金不支給または減額条項が定められていなければ、懲戒解雇をしても退職金の支払いが原則として必要になってしまうためメリットが乏しくなります。また、退職金の支給規定が存在しない会社などにあっては、そもそも退職金の支払い義務が発生しないため、メリットにはなりえません。
(3)重大な違反行為をしたことを明確にしてけじめをつけることができる
会社からの多額の横領や他の従業員へ重大な傷害を負わせるなど、会社や他の従業員への重大な犯罪行為が行われたという場合、単にその従業員との雇用契約を解約するというだけでは傷ついた企業秩序が回復できない、会社全体に対する示しがつかない、ということも考えられます。
そういった場合、経営者の心情としては、普通解雇ではなく、あえて懲戒処分の極刑である懲戒解雇を課し、社内秩序の維持を図るべしという価値判断を選択したいと考えることもあろうかと思います。
懲戒解雇を行い事案の概要と処分内容を社内公表することで、行なわれた違反行為が軽微なものではなく重大なものであり、懲戒解雇に相当する行為なのだということを社全体に明確に知らしめ、社内秩序の維持を図ることができる点はメリットに挙げられると思います。
3 懲戒解雇をお勧めできない3つの理由
(1)デメリット(要件が厳しい)が大きすぎる
ア 懲戒解雇の難しさ
しかし、結論から言えば、従業員を解雇しようという場合に普通解雇ではなく懲戒解雇を選択するということはお勧めできません。
そもそも、普通解雇ですら簡単には認められないにもかかわらず、懲戒解雇はそれに輪をかけて認められにくい傾向にあります。
解雇の有効性が認められにくいというデメリットに比して、上記メリットはあまりに小さすぎると考えられます。
懲戒解雇の手続や要件を整理すると以下のとおりです。
イ 懲戒解雇の要件 -就業規則に根拠規定があること
懲戒解雇が懲戒処分の一種であるところ、懲戒処分は、どのような行為に対してどのような制裁が科されるかということが周知の企業内ルールに明確に規定されていなければ実施できないということが大前提とされております。
そのため、懲戒解雇を行うには、就業規則に懲戒解雇事由が定められており、その懲戒解雇事由に該当する行為が行われ、かつ就業規則が社内に掲示されて周知されていなければなりません。
ウ 懲戒解雇の要件 -懲戒解雇時に使用者が認識している事情であること
懲戒解雇当時、使用者が知らなかった事実が後に判明しても、原則としてこの新事実を懲戒解雇の理由に付け加えることは許されません。
懲戒解雇を行うのであれば事前に入念な調査が必要になります。
エ 懲戒解雇の要件 -懲戒権の濫用に当たらないこと
懲戒解雇とするには重すぎると判断されてしまう場合、懲戒権の濫用として懲戒解雇が無効とされてしまいます。
懲戒解雇は懲戒処分の中で最も重い処分であるということが、普通解雇の場合に比べ、懲戒解雇では懲戒権の濫用とされてしまいやすいところです。
この要件をクリアーできる事例としては、社内で行われた犯罪行為や、重度の社内秩序違反行為が度重なる懲戒処分によっても改まらなかったという場合などが典型例かと思われます。
オ 懲戒解雇の要件 -適正な手続が取られていること
懲戒処分の手続(懲罰委員会への付議や労働組合との協議など)が就業規則に定められている場合はこれらをすべて実施しなければなりません。
そして、就業規則に懲戒処分の手続が何も定められていなかったとしても、弁明の機会を与えなければなりません。
限界事例では、こういった手続に少しでも不備があれば、それが懲戒解雇無効の理由として採用されてしまいかねませんので、注意が必要です。
(2)退職金の支払いを命じられる場合が少なくない
一般の方からすれば、懲戒解雇になったのに退職金が出るなんてそんな馬鹿な話はないと思うのではないでしょうか。
そういう感覚からすれば、懲戒解雇となったときには退職金を支給しないという規定が就業規則に定められていれば、当然退職金は支給されないものだと思われることでしょう。
しかし、懲戒解雇になった従業員に対して退職金の支給を命じている裁判例も実は少なくないのです。
これは、退職金を支払わなくてもよくなる条件として、退職金の不支給・減額条項のほか、行われた企業秩序違反行為が、労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為と認められなければならないとされているためです。そして背信性の強弱やこれまでの功労の大小、その会社における先例などによって減額幅が判断されております。
いくつか例を紹介すると以下のとおりです。
小田急電鉄事件 東京高判平15.12.11
痴漢撲滅に取組んでいた鉄道会社の従業員が、休日に他社の鉄道の車内において、女子高生のお尻を触る痴漢行為(迷惑防止条例違反)で逮捕され、会社がその従業員に対し懲戒解雇及び退職金の不支給処分を行った事案において、本来の退職金の支給額の3割の支払いが命じられた。
ヤマト運輸(懲戒解雇)事件 東京地判平19.8.27
業務外での酒気帯び運転により罰金刑に処せられたセールスドライバーに対し、会社が懲戒解雇及び退職金の不支給処分を行った事案において、約3分の1の額の退職金の支払いが命じ建られた。
日本郵便株式会社事件 東京高判平25.7.18
酒気帯び運転・不申告罪で罰金刑を受けた従業員に対し、会社が懲戒解雇・退職金不支給処分を行ったという事案において、本来の退職金の支給額の3割の支払いが命じられた。
(3)制裁的効果にも限界がある
懲戒解雇を行ったからといって、これを社内公表することが必ずしも正当化されるわけではありません。
認められる社内公表としては再発防止に必要な限度に限られ、これを超えて氏名や詳細な内容を公表した場合は、プライバシー侵害となり、損害賠償請求の対象になる可能性も出てきてしまいます。
また、懲戒解雇とした違反行為について刑事事件で有罪判決が確定した場合には、転職にあたり履歴書の賞罰欄にその旨記載する必要がありますが、そうでもない限りは記載の義務はありません。もちろん前職について聞かれたことに嘘をつけばその従業員は経歴詐称となりますが、それ以上にレッテルを張ることはできません。
そのため、重大な違反行為者に対してきつい制裁を課そうということで懲戒解雇を行おうとするのであれば、制裁的効果にも限界があるということは理解しておく必要があります。
4 問題従業員と縁を切るにはどうするべきか
以上のとおり、問題を起こした従業員と縁を切るにあたっては、よほど重大な違反行為がなされ、これを容易に立証できるという場合でもなければ懲戒解雇を行うことはお勧めできません。
しかし、重大な違反行為が行われ立証が容易であるというケースはなかなかないと思います。
では、そのような場合は懲戒解雇ではなく普通解雇がお勧めということになるのでしょうか?
実は普通解雇も必ずしもお勧めできるわけではありません。
解雇の有効性を支える事情を十分に立証するということは準備が非常に大変ですし、準備をすれば解雇が必ず認められるというわけでもないからです。
縁を切るにあたってのトラブルを最小限に抑えるのであれば、まずは退職勧奨を上手に行うということが検討されてしかるべきです。
問題行動を起こした従業員に対し然るべき処罰を与えたいというご心情はとても理解できるのですが、まずは一歩引いて冷静になり、しっかりとした対策を練るべきです。
どういった対策を練るかについては、ぜひ当事務所へご相談ください。
弁護士 阿部 貴之
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