メンタルヘルス不調者に関する労務対応④ ~ハラスメントと会社の安全配慮義務~

メンタルヘルス不調者に関する労務対応③~長時間労働と会社の安全配慮義務~」において、長時間労働に起因するメンタル不調防止の観点から会社が行うべき安全配慮義務・労務対応を主に解説してきました。

本稿では、パワハラ・セクハラなどのハラスメントについて、メンタルヘルス不調者を出さないために、会社が果たすべき安全配慮義務や取り組むべき事柄について、詳しく述べていきたいと思います。

1 ハラスメント対策の重要性

令和2年版過労死等防止対策白書83~84頁によりますと、精神障害を生じた労働者が労災認定された原因として、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」「上司とのトラブルがあった」は、3位・4位に入っています。また、「セクシャルハラスメントを受けた」は、女性労働者が精神障害によって労災認定された原因の2位に入っています。

これらは、広い意味で「ハラスメント」といえる性質のものですが、業務上のメンタル不調の中で「ハラスメント」が多くの原因となってしまうことが推測されます。したがって、会社としては、メンタル不調者を出さないための対策として「長時間労働の抑制」と並んで「ハラスメントの予防」が重要なものといえるでしょう。

2 職場におけるハラスメントとは?

「◯◯ハラスメント」は、プライベートでの行為にも用語として用いられ、様々な拡がりを見せている言葉です。しかし、職場における「パワーハラスメント」「セクシャルハラスメント」は、以下で述べるように明確に定義されるようになりました。職場におけるハラスメントには、「マタニティ(妊娠・出産)ハラスメント」(男女雇用機会均等法11条の3第1項)、「育児介護休業ハラスメント」(育児・介護休業法25条1項)といったものもありますが、本稿では紙幅の関係上、割愛いたします。

(1)職場におけるパワーハラスメント(パワハラ)

職場におけるパワハラとは、

①職場における優越的な関係を背景として、
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③労働者の就業環境が害される言動

をいいます(労働施策総合推進法30条の2第1項)。

この定義のうち、特に①②が重要であり、①に関していえば、たとえ上司と部下の関係になくても、「先輩対後輩」「同僚や部下の集団対個人」といった、抵抗や拒絶をし難い関係にも認められます

また、②については、業務上の注意・指導との区別が重要ですが、身体的な攻撃は言うまでもなく「パワハラ」であると肝に銘じておく必要があります。言葉のみの注意・指導であっても、特に、長時間のもの、大声によるもの、威圧的なもの、侮蔑的・人格否定的なものなどは、「パワハラ」に該当するといってよいでしょう。

厚労省「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」に、具体例が載っているため、参考になります。

厚労省「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」4頁

(2)職場におけるセクシャルハラスメント(セクハラ)

職場におけるセクハラは、大きく分けて「対価型セクハラ」「環境型セクハラ」があります(男女雇用機会均等法11条1項)。

① 対価型セクハラ

労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応(拒否・抵抗など)により、その労働者が解雇・降格・減給・労働契約の更新拒絶・昇進からの対象除外・配置転換など不利益な措置を受けることです。例えば、上司が労働者の身体を触ったが抵抗されたため給料を減額したといった場合です。

②環境型セクハラ

労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が害されているものをいいます。例えば、社長が業務中にアダルトサイトを度々閲覧していることにより性的な画像が目に入ってしまい、苦痛を感じているといった場合です。

ポイントとしては、

意に反する身体的接触は1度であっても、セクハラであること

・身体的接触はなくても、継続的に行われていたり、明確な抗議・拒絶がされているにも関わらず繰り返されているものは、セクハラに該当する可能性が高いこと

・接待の場での取引先からの性的言動など、通常の就業場所から離れた場におけるものであっても、「職場」のセクハラと判断される場合があることです。

3 会社が行うべきハラスメント対策とは?

(1)会社は「職場環境配慮義務」「ハラスメント防止義務」を負っている

会社は、労働者に対し、生命・身体・健康を害さないよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っています(労働契約法5条)。

この安全配慮義務は、単に「事故が起きないように注意する」といった事故防止の義務にとどまらず、「安全又は快適な就労環境で働かせる義務」という拡がりのある義務になってきています。これを「職場環境配慮義務」といい、ハラスメントとの関係では、会社は「ハラスメント防止義務」を負っています。

(2)会社が講ずべきハラスメント対策の内容

2020年6月1日から、大企業において、いわゆる「パワハラ指針」(令和2年厚労省告示第5号)第4項に定めるパワーハラスメント対策が義務付けられました。
中小企業は、2022年4月1日から義務化(それまでは努力義務)ですが、今のうちから以下の対策を用意しておく必要があります。

なお、セクハラ対策も既に義務化されていますが、以下で述べるパワハラ対策と一体・一元のものとして整理しておく必要があるでしょう。

ア ハラスメント対策方針の明確化及び周知・啓発

会社は、ハラスメントの内容及びハラスメントを行ってはならない旨の方針を明確化し、この内容を労働者に周知・啓発しなければなりません。例えば、会社が、就業規則や社内報などで、パワハラ・セクハラを含むハラスメントを厳に禁止する旨やハラスメントの具体例を挙げて、労働者に周知する取り組みをする必要があります。

イ 相談・苦情窓口の設置等

ハラスメントが発生してしまった場合に相談・苦情窓口をあらかじめ設けておき、労働者にこの窓口を周知しなければなりません。また、この窓口担当者が相談に対し適切に対応できるようにしておくこと(マニュアル作成など)も必要です。

ウ ハラスメントが生じてしまった場合の事後の迅速かつ適切な対応

ハラスメントの相談申出があった場合には、会社は、次のような措置を講じなければなりません。

① 事実関係の迅速かつ正確な確認

② 上記①によってハラスメントの事実が確認できた場合には、被害者に対する適正な配慮を講ずる(例:被害者と加害者を引き離すための配置転換など)

③ 上記①によってハラスメントの事実が確認できた場合には、加害者に対する適正な措置を講ずる(例:加害者に対する懲戒処分、加害者の被害者に対する謝罪の機会設定など)

④ 改めて会社のハラスメントに対する方針の周知・啓発など再発防止に向けた措置を講ずる(例:研修や講習の実施など)

エ プライバシーの保護・不利益取扱い禁止

① ハラスメントの相談には、極めてセンシティブな内容が含まれているため、相談内容が不要に漏洩しないよう適切な措置を講じ、それを労働者に周知する(例:相談担当者にプライバシー保護の必要な研修を行い、その旨社内報に記載する)

② ハラスメント相談等を行ったことを理由として解雇その他不利益な取り扱いをしない旨を就業規則などで定め、その旨を労働者に周知する

4 会社がハラスメント対策を怠ると?

上記3(1)で述べたように、会社は、安全配慮義務の一種として「職場環境配慮義務」「ハラスメント防止義務」を負っています。それをより具体化した内容が、上記3(2)で述べたハラスメント対策であるといえるでしょう。

そのため、これらの対策を怠ったことによりハラスメントが起こってしまったとか、ハラスメントが悪化し又は繰り返されたなどの場合には、会社が安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負う恐れがあります。例えば、

・労働者が「上司からパワハラを受けている」として上司の上司に相談をした。
・しかし、会社は事実関係の調査をせず黙殺した。
・そのため、上司が労働者にパワハラを繰り返し、数か月後に労働者がうつ病を発症してしまった。

という事態が生じてしまった場合、うつ病発症が労災認定される可能性があるというだけでなく、会社が安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うおそれも生じてきます。
労働者がうつ病を苦にして自殺してしまったなどの場合には、賠償額は数千万円以上になることもあります

5 まとめ

会社は、ハラスメント防止対策を第一に行うべきですが、万が一、ハラスメントが起きてしまった場合には、迅速かつ正確な事実関係確認に基づき、被害者の配慮、加害者への適切な対処(懲戒処分や配置転換など)を講じなければなりません。

また、現に、ハラスメントが発生してしまった場合には、事実関係の調査や加害者の懲戒処分などの適切な対応が必要ですので、早めにご相談いただくことをおすすめいたします。

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弁護士 小林 玲生起

弁護士法人シーライト 副代表弁護士の小林玲生起と申します。 元従業員から未払賃金の支払い請求があった事件で、訴えられた企業側の弁護をした経験があります。元従業員からの未払残業代や未払賃金の請求に限らず、お悩みのことがございましたら、お気軽にご相談下さい。

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