メンタルヘルス不調者に関する労務対応① ~休職制度利用開始から自動退職までの対応~

1 私傷病休職制度について

「私傷病休職制度」とは、業務外の傷病により労働の提供ができない労働者に対しては労働提供義務の債務不履行という理由で労働契約を解除(解雇)するのが可能なことが原則の中で、当該原則の例外的措置として労働提供義務を一定期間免除・緩和等して解雇を猶予する趣旨の制度です。通常は、就業規則に「正社員が、業務外の心身の故障のために完全な労務を提供ができない場合には、休職することができる」などと定められています。

私傷病休職制度は、法律上に定められた制度ではないゆえ、その制度がなくても違法ではなく、会社が個別に創設した制度です。しかし、従業員の福利厚生的なものとして、多くの会社では私傷病休職制度が定められています。また、休職期間上限としては3か月~1年半が定められているケースが多く、休職期間満了時に復職できない場合には自動退職(解雇)とする旨が規定されていることがほとんどです。

 

2 メンタル不調者の私傷病休職制度利用の問題点

上記1のような一般的な私傷病休職制度を前提とすれば、うつ病などの精神疾患を患ってしまった労働者(以下「メンタル不調者」といいます。)でも、休職制度を利用することができます。

しかし、休職期間が満了した場合に、メンタル不調者が果たして真に復職可能なのかを巡って争いになることも多く、休職制度利用開始の時から《休職期間が満了した際の復職判断をどうするか》ということを踏まえて、対応していく必要があります。自動退職ないし解雇が無効であるとして労働者に訴訟や労働審判で争われ、裁判所に「復職が可能である」と判断されてしまった場合には、自動退職ないし解雇以降の給料の支払い(いわゆる「バックペイ」)を命じられてしまいます。

 

3 「復職が可能」(休職事由の消滅)とは何か

(1)原則

休職事由が消滅して「復職が可能」の原則としては、抽象的にいえば、労働契約で定めた質・量に相当する労務提供が可能な心身の状態に回復したことをいいます。すなわち、休職前に就いていた業務復帰が可能な状態になっていることが原則です。

(2)裁判例による修正

しかし、休職期間満了時に「休職前に就いていた業務復帰が可能な状態」が絶対かというと、これについては、裁判例上、以下のようにやや修正があります。

ア 職種や業務内容が限定されていない労働契約の注意点

建築工事現場における現場監督業務に従事していた労働者が私傷病により、当該業務に従事することができなくなったが、当該労働者が事務作業への就労を希望していた事案について、片山組事件最高裁判決(最判平10.4.9判タ972号122頁)は、

「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供がある」

と判断しました。つまり、

①職種や業務内容が限定されていない労働契約の労働者が休職制度を利用した場合において

②休職期間満了時に当該労働者が休職前に就いていた業務自体に復職はできないが、当該労働者が配置される現実的可能性のある他の業務(判断要素:当該労働者の能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等)について労務の提供が可能

③当該労働者が上記②の他の業務に従事してもよい旨の申出がある

場合には、上記②の他の業務への就労をさせずに、自動退職ないし解雇とすると無効と判断される可能性があります。

イ 休職期間満了時に休職前業務よりも軽易作業に就くことが可能な場合の注意点

東京地判平27.7.29判タ1424号283頁(日本電気事件)は、復職「当初軽易作業に就かせればほどなく従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合」も、休職事由が消滅したといえると判示しました。

感覚的にいえば、休職者が休職前との比較で100%の状態とまではいかなくとも、7,8割の状態に回復している場合には、「従前の職務に復職できない」として自動退職ないし解雇とするのは適切ではない(無効とされる可能性が高い)といえるでしょう。

 

4 復職可否判断の資料~医師からの診断書取得~

休職期間の満了が近づくと、会社として、就業規則及び上記3に照らして「休職事由が消滅したか」(復職が可能か)否かを判断しなければなりません。しかし、メンタル不調の場合には、身体故障の場合と比較して見た目にも表れにくい分、復職可否判断に困難が伴います。医学的にも、メンタル不調が寛解しているのか否かの診断は難しいとされています。

そのため、実務的には、休職者の主治医や産業医に復職可能か否かの診断をしてもらって診断書や意見書を作成してもらい、それを休職者から会社に提出させ、これを基礎として復職可否の判断をすることがほとんどです。しかし、会社側から医師(特に主治医)へ積極的に情報提供の依頼や働きかけをしない場合には、主治医の診断書は「復職可。ただし、残業はできるだけ避けること」などの簡素過ぎる内容にとどまることが多く、上記3判断のために本当に知りたいことが書いていないものとなってしまいます。しかも、上記のような簡素な診断書が出ている場合に、休職者の復職可能には疑義があるとして会社が休職者を休職期間満了により自動退職ないし解雇としてしまうと、裁判所は、具体的な疑念や信用できない事情がない限り、主治医の診断を重視しますから、「復職可能であった」(=自動退職ないし解雇は無効)と判断されるおそれが高まってしまいます。

そのため、会社としては、上記のような《結論は書いてあるが、具体的な根拠や理由が省かれているような診断書》が休職期間満了時に提出されることをなるべく避けるべく、主治医に対し、休職期間中から情報提供依頼書を送付して情報提供を求めたり、復職可否判断に当たって会社が知りたい情報を書きやすい書式にした診断書作成を依頼するなどの工夫が必要になります。

 

5 まとめ

以上のように、私傷病休職制度は、多くの企業で採用されている制度であるにもかかわらず、「復職が可能か」(休職事由が消滅したか)を巡って、会社と労働者でしばしば争いになる制度です。特に、メンタル不調者が休職制度を利用する場合には、休職期間満了時に休職事由が消滅したかを判断することに困難が伴います。また、上記判断のための資料を主治医から取り寄せるにも、情報提供依頼書や適切な診断書の書式を、専門知識のない一般の方が用意するのは難しいものでしょう。

そのため、メンタル不調者が休職制度を利用した(している)場合、休職者の休職期間の満了が迫っている場合などの会社の労務担当者・経営者の方は、早めに弁護士に相談することをお勧めいたします。

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弁護士 小林 玲生起

弁護士の小林玲生起と申します。 元従業員から未払賃金の支払い請求があった事件で、訴えられた企業側の弁護をした経験があります。元従業員からの未払残業代や未払賃金の請求に限らず、お悩みのことがございましたら、お気軽にご相談下さい。

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