うつなどメンタル不調従業員との雇用契約は解消できるか

1 メンタル不調従業員への安易な懲戒処分はNG

メンタルヘルス不調のために不十分な業務しかできない従業員や欠勤がちとなった従業員に対し、どのように対応していくかという労働問題は非常に複雑で難しい問題です。

例えば、とある従業員が「謎の加害者集団から職場の同僚を通じた嫌がらせを受けているのでしばらく休みます」と述べて長期間の欠勤を続けたため、正当理由なき欠勤を続けたということで会社がその従業員を懲戒解雇したものの、後になって従業員がそのような状態になっていた原因がうつなどの精神障害であったと判明した場合は、会社の懲戒解雇処分が無効とされる可能性があります(日本ヒューレット・パッカード事件・最二小判平成24年4月27日)。

特に、メンタルヘルス不調従業員の場合、健常者の場合よりも、「パワハラで労災になったのに懲戒処分をされた、クビにされた」などと争われるリスクがとても高いです。

以下では場面やケースごとにどのような対応をしていくべきかを解説していきますので、実際の対応にあたって参考にしていただければと思います。

2 基本的には業務軽減や私傷病休職制度の利用などの配慮が必要

雇用契約上、会社は従業員に対して給与を支払う義務のほか様々な配慮義務(例えば安全配慮義務)が課されておりますが、他方で従業員も会社に対して債務の本旨(民法493条)に従った労務(以下、「十分な労務」といいます)を提供する義務を負っております。

例えば、従業員がプライベートでけがをしてしまい、当面の間、会社に十分な労務を提供できない場合、会社との契約どおり働けていないということで契約違反の状態になっているわけですから、会社としては従業員を普通解雇することができそうです。

しかし、多くの会社には、就業規則上、私傷病休職制度が定められていることかと思います。
この私傷病休職制度は、一般に、普通解雇の猶予措置といわれております。そのため、私傷病休職制度を定めている会社が、けがで働けなくなった従業員に休職をとらせずに普通解雇をした場合、その解雇は無効とされる可能性が高いです。

このことはうつなどのメンタルヘルス不調についても同じです。
例外的に、人格障害など重度の精神障害のため、業務軽減や休職をしても、その従業員の回復が一切見込めないのであれば、理論的には会社は直ちにその従業員を解雇できそうですが、回復不能な精神障害か否かの判断は医学的にも判断が困難です。

そのため、まずは業務軽減や私傷病休職制度の利用などの配慮が必要です。先ほど紹介した最高裁判決も、会社はいきなり懲戒処分をするのでなく、その従業員が自分自身で異常に気が付けていないかもしれないという前提で業務軽減や休職、病院の受診を勧めるなどをしてくださいと言っております。

3 メンタル不調が疑われる場合まずは受診させてから休職を命じる方向で対応

メンタル不調で業務がまともにできないということが医学的に証明されれば、その従業員は十分な労務ができないということになるため、会社としては休職を命じることができます。

そこで、まずは専門医にかかるよう受診を促すことになります。もし従業員がこれに応じない場合、受診を命じる合理的理由があるような場合であれば、会社としては受診を業務命令として命じることが可能と考えられます。この受診命令は就業規則上の根拠がなくとも可能ですが、就業規則において明記しておく方が従業員への説明も容易で命令の内容も明確になり、望ましいです。

そして、受診の結果、メンタル不調でまともに業務ができないということが明らかになった場合、会社はその従業員に休職を命じることとなります。

4 受診拒否された場合に休職を命じることはできるか

問題となるのは、従業員が「自分は病気ではない」などと述べ、受診命令を拒否している場合にも、会社はその従業員の出勤を拒絶し休職を命じることができるか、ということです。

理論上、問題行動が多数あって十分な労務を提供できていないのであれば、会社は休職を命じることができると考えます。ただ、就業規則上も、私傷病により十分な労務が提供できない場合には休職を命じる旨明記しておくべきでしょう。

なお、この場合、後に「自分は働けるのに会社が一方的に休職を命じて給与を支払わないのは不当だ」と争われる可能性がありますので、その従業員が十分な労務を提供できていなかったという事実を立証できるだけの証拠を残す必要があります。

例えば、業務上どのような支障を生じさせていたか、それに対しどのような改善指導を行ったか(メンタル不調に配慮しつつ)、業務軽減についてどのような検討を行いどの程度実施したか、業務軽減に対しその従業員がどのような反応を見せたかなどを記録に残しつつ、これらの記録を産業医に提供して意見書を取り付けておくという対応等が考えられます。

5 休職期間中は復職可否の判断に向けた情報収集をしっかり行う

従業員に休職を命じた後、その後は主治医任せで会社が何も具体的な対策をとっていなかったという場合、「復職可、ただし残業不可」という程度の記載しかない主治医の診断書が提出され、判断材料が極めて乏しい状況で会社は復職の可否を判断せざるをえなくなる恐れがあります。

これは、主治医がきちんとして診断書を作成するだけの情報(その従業員がどういう立場でどういう業務にあたっているのか等)を持っていなかったり、復職可否判断に関する判断基準や企業の復職手続をよく知らなかったりということから起こる現象であり、決して珍しいことではありません。復職が難しそうなケースでも、「復職不可と診断されたらクビになってしまう」と患者であるその従業員に泣きつかれて困惑した結果、主治医が適正な診断を下せていないという事態もあり得ます。

つまり、会社が主体的に行動を起こさない限り、主治医によるバイアスのかかった不十分な診断書しか情報が取れないということは決して珍しくないということです。そして、主治医の診断書を鵜呑みにして安易に復職をさせた結果、事態が振出しに戻る、またはより深刻化するということも十分にありえ、最悪の場合、業務に耐えられない状態の従業員に業務をさせた結果その従業員が自殺してしまい、労災として安全配慮義務違反を問われるなどということが起きる可能性すら否定はできません。

以上のような事態を避けるためにも、会社は従業員の休職中も主体的に情報収集に動くべきです。
情報のやり取りにあたってのポイントは以下のとおりです。

・休職初期から主治医へ十分な情報(復職前に従事していた業務の具体的内容および負荷の程度、復職後に予定している業務の具体的内容および負荷の程度、復職プロセス、対応部署等)提供を行う。

・確定診断名、診療報酬明細書記載の診断名、症状の具体的内容・程度、治療や回復の経過、復職可とする場合はその判断をした詳細な理由、復職可とする日以降に残存する見込みの症状やその具体的内容、復職可とする日以降の治療の要否の見込みや予定する通院の頻度、治療内容、処方予定薬、復職にあたって必要と考える就業上の配慮の具体的内容と程度

・収集した情報を産業医へ提供し意見を求める

以上のやり取りにあたっては産業医学振興財団が作成した職場復帰支援マニュアルが参考になります。同マニュアル内には主治医との情報のやりとりにあたって参考になる書式が収録されております。

なお、メンタル不調で休職中の従業員には会社による情報収集に協力すべき義務があると考えられ、協力を命じることが可能と考えられます。そのため、従業員がなかなか協力しようとしない場合は業務命令も可能であることを伝えて説得にあたることとなりますが、説得を容易にするためにも、就業規則上にも明記しておくことが望ましいところです。

6 休職期間満了時における会社による復職可否の判断

会社は収集した情報をもとに休職していた従業員の復職の可否について判断します。
元職に復帰して十分な労務が提供できる状態であると認められる場合には復職ということになります。
ただし、主治医の診断については先ほど述べたとおり様々なバイアスがかかっている可能性がありますので、鵜呑みにせず、疑念がある場合はさらなる情報収集をおこなうことも選択肢に入れておくべきでしょう。

なお、元職復帰できなければ休職期間が満了したにもかかわらず職務復帰ができないから雇用契約終了とはならない場合もある点に注意が必要です。

具体的には、元の職務では十分な労務提供ができなくともその従業員が配置される可能性のある他の業務であれば十分な労務下提供できるという場合は、一定の場合には会社は復職を認めなければならないケースがあります(X社事件・東京地判平成24年12月25日)。

また、障害者雇用促進法における障害者については合理的配慮が必要であることにも留意しておきましょう。

7 終わりに

いかがだったでしょうか。
メンタルヘルス不調の問題は現代的課題として比較的新しい労務問題である上に、対応が困難だったり判断が難しかったりという場面が多数出て参ります。
メンタルヘルス不調従業員への対応でお悩みの企業様はまずはご相談ください。

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弁護士 阿部 貴之

弁護士法人シーライト藤沢法律事務所 代表弁護士の阿部貴之と申します。人事・労務管理担当者の方の負担を軽減し、よりよい職場環境の構築を目指し、一人あたりの生産性を高め、売上や利益の面で、貴社のかかえる問題解決に貢献します。民法・会社法・各種業法だけでなく、労働法、労働実務、人事労務管理問題に精通しておりますので、お気軽にご相談下さい。

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