解雇無効・バックペイ請求の労働審判手続について合意退職・請求額の約1/4でスピード解決
Contents
1 いただいたご相談内容
2 主な争点
①会社の行った解雇は、有効か無効か(解雇権濫用に当たるか否か)
②会社とXとの間で、月額給与をいくらで合意したか
3 本件における主な問題点
本件では、裁判所から労働審判手続に関する通知が届いたため、もはや社長のみでの対応は難しいと判断されて、当事務所にご相談・ご依頼をしていただきました。
本件については、以下の問題がありました。
問題点①:解雇の有効性について
労働契約法16条で、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と定められています。つまり、少なくとも解雇が有効になるためには、客観的に合理的な解雇理由があって、かつ、解雇とすることが社会的に相当である、と評価できなければならないということです。
解雇の有効性の判断にあたっては、
- 具体的な解雇理由の内容(暴力をふるった、能力不足、勤怠不良など)
- 当該従業員の立場(新卒か中途採用かなど)
- 当該従業員に対する懲戒処分の有無
- 解雇制限の場合にあたらないか
- 適法な解雇手続きが取られているか
など様々な事情を考慮する必要があります。
問題点②:月額給与額について
通常であれば、労使間の雇用契約書により定まっているため、月額給与額が争いになるケースは少ないと言えます。
しかしながら、
- そもそも雇用契約書を作成していなかった場合
- 雇用契約書を作成したが、途中で口頭で給与額を変更した場合
- 給与額を文書(雇用契約書など)で定めたが、解釈に問題がある場合
には、労使間で争いになる可能性があります。本件では、上記の2及び3が合わさった事案であったため、月額給与額がいくらなのかが争いになりました。
問題点③:労働審判手続への準備期間の短さについて
労働審判手続は、労使間の労働関係のトラブルを解決するための手続です。民事訴訟と似ていますが、労働審判手続には、
- 非公開の手続である
- 申立てがなされてから、「原則40日以内」に第1回期日が行われる
- 「原則3回以内の期日」で手続が終了する
- 申し立てられた側が、第1回期日までに充分な反論や証拠提出をするよう求められる
といった特殊性があります。
そのため、労働審判手続を申し立てられた側(主に会社側)からすると、申し立てがなされてから第1回期日まではわずか1ヶ月程度しかないため、反論の準備期間が極めて短く、対応が非常に大変な手続といえます。
4 弁護士の対応・解決内容
結論としては、①Xが解雇時で合意退職したこと、②Xが請求をした金額の約1/4のバックペイを会社が支払う、という内容でXとの間で和解が成立しました。
当事務所では、社長からご相談・ご依頼をお請けして、会社とXとの雇用契約の内容やXの勤務態度等について、早急に詳細な聞き取りを行いました。その結果、本件解雇が無効となる可能性が極めて高いという判断に至りました。
上記判断をお伝えしたところ、社長としても、本件解雇が無効となる可能性について理解を示し、もしXが望んでいるのであれば職場に復帰して構わないという意向である旨をお話しいただきました。
そこで、労働審判手続への対応方針として、解雇無効(従業員としての地位確認)については争わず、バックペイの金額等についてのみ争うこととして、当事務所において裁判所へ提出する答弁書(反論内容を記載した書面のこと)及び証拠書類を作成いたしました。
当方の具体的な主張立証が功を奏した結果、会社がXに対し一定の解決金を支払うことを条件として、解雇時で合意退職したことを確認する旨の和解を第1回労働審判期日で成立させることができました。
当事務所としては、第1回労働審判期日での和解成立というスピード解決に至ったポイントは、「解雇の有効性について無理にこだわらなかった」ことだと考えています。本件では、社長が「Xが職場復帰して構わない」というご意向を真に有していたため、解雇を撤回するので従業員として働いて欲しいという主張を行いました。
Xは従業員としての地位確認(解雇無効)を当初請求していたものの、実際に会社に復帰する意向はなかったようで、当方がそうした主張を行ったところ、「合意退職するのでいくらかバックペイを支払ってもらえないか」という方向にXの主張が変わりました。
本件がそうだという訳ではないですが、会社に戻りたくないという内心とは反対にバックペイの増額を狙って形ばかりの解雇無効を主張する労働者は少なからず存在します。もちろんケースバイケースにはなりますが、復職するつもりのない労働者に対しては、上記主張は早期解決かつ損失軽減に資する有効な主張になり得ると考えられます。
5 弁護士の所感・コメント
解雇の有効性について
解雇の有効性については、「簡単には認められない」という感覚は何となくお持ちの経営者の方が多くいらっしゃるとは思いますが、いざこの場合に有効/無効なのかという具体的な判断はとても難しいと感じてらっしゃるのではないでしょうか。解雇の有効性の判断にあたっては、判例・裁判例の内容や判断基準の正確な理解に加えて、具体的事案における重要な事実の抽出・評価といった点も必要になるため、といえます。
また、解雇の有効性の判断を見誤ったばかりに、労働審判手続・訴訟と長年にわたって有効性を争ったあげく、「解雇無効」との認定がなされてしまった場合には、働いていないにもかかわらず、解雇時から数年分の給与相当額(バックペイ)を元従業員に支払わなければならなくなり、会社に多大な損失を発生させることになってしまいます。
本件でも、早期に解雇の有効性について弁護士が適切に判断した結果、紛争が長期化せずに、バックペイが高額になることなく、スピード解決することができました。解雇にあたっては、まずは「こんな社員がいるが、解雇をすることが可能か?」などと、解雇手続を行う前に、弁護士に一度ご相談することをお勧めいたします。
労働審判手続について
上記のとおり、労働審判を申し立てられた場合は、反論の準備期間が極めて短く、対応が非常に大変になります。本件では、争点が少なかったために何とか準備が間に合いましたが、争点が多岐にわたる場合や複雑な場合には、準備が間に合わないとして、弁護士がご相談・ご依頼自体をお請けできない場合もあります。
労働審判手続になる前にご相談・ご依頼を頂いていれば、そもそも労働審判手続になることを避けることができる可能性もある上、労働審判手続に移行することを見据えて事前に準備を進めておくことも可能になります。
充分な準備ができないまま労働審判期日に臨むことがないよう、労働関係のトラブルが発生した段階で早めに弁護士にご相談することをお勧めいたします。仮に、労働審判手続が申し立てられてしまった場合には、一刻も早く弁護士に相談に行きましょう。
弁護士 塩谷 恭平
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