事故で会社の所有物を壊した従業員に対する損害賠償請求のご相談
Contents
1 いただいたご相談内容
先日、当社の従業員が業務で運転中に交通事故を起こしてしまいました。
対物対人の賠償保険には加入していたため、お相手の方が受けた損害の賠償については保険で対応ができました。
しかし、この事故により損傷してしまった当社の車両については車両保険に加入をしていなかったため保険では対応できません。
修理費用としては数十万円かかると言われております。
雇用契約書や就業規則には、従業員が会社に損害を与えた場合、従業員は損害を賠償しなければならないとの定めがあります。
この定めに則って従業員へ車両の修理費を請求したいのですがどのように対応したらよいでしょうか。
2 弁護士からの回答
(1)従業員に対する損害賠償請求の可否
従業員が故意または過失により勤務先の会社に損害を与えた場合、不法行為や債務不履行となり、その従業員は会社に対し損害を賠償する責任を負うこととなりそうです。
しかし、裁判例では従業員の損害賠償責任がかなり制限される傾向にあります。
例えば、従業員に過失があっても過失の程度が軽い場合はそもそも損害賠償責任が認められないという結論になることが多いです。
また、仮に過失の程度が相当程度に重かったとしても請求額が減額されてしまうことがほとんどです。
例えば、深夜作業中に居眠りをして会社の工作機械を損壊した従業員に対する損害賠償請求をした裁判例において、会社社は機械保険に加入しておらず損害軽減措置を講じていなかったことや、深夜勤務中の事故であって従業員に同情すべき点のあること等を考慮して、従業員の賠償責任を75%減額した裁判例などがあります(大隅鉄工所事件 名古屋地判S62.7.27)。
これは裁判所が、「報奨責任の原理」という考え方(他人を使用して事業を営む者はこれによって活動範囲を拡張しそれだけ多くの利益を受ける以上、事業上損害を被ったときは事業者自身がその損害を負担すべき)に立っているからです。
ご相談のケースでもよほど悪質な事故でない限り、会社側が車両保険に入っていなかったことなどを理由に賠償額が制限されてしまいそうです。
これは、雇用契約書や就業規則中に損害賠償の定めがされていても同様です。
そのため、ご相談のケースにおいても何が何でも全額回収するというのではなく、減額や分割払いの提案も交えて柔軟に話し合いを進めて行くのが建設的ではないかと思われます。
(2)交通事故の物損に関するルール
交通事故で車両が壊れて物損が生じた場合、損害賠償を請求できるのは修理費かその車両と同種同等車両の中古車価格かいずれか低い金額が損害賠償できる金額の上限となります。
そのため、仮に修理費がそれなりに高額であっても同種同等の中古車の方が修理費よりも安ければ中古車価格でしか損害賠償請求はできません。
ご相談のケースでも修理費の方が高くつくようでしたら、修理ではなく買い替えを進め、買い替えにかかる費用を基本に話し合いを進めて行くと良いと思われます。
3 弁護士の所感・コメント
運送業など従業員による車両の運転が日常的に行われる事業では事故が不可避というほかありません。
予防策としては保険加入となります。
対人対物賠償保険は相手方が大けがをした場合に備え加入必須と思われますが、車両保険は保険料が高いため、かえって費用対効果が悪いケースもあることと思います。
そうなると、事故などで会社の車両が損傷した場合の損失の填補も踏まえて売り上げや経費の予測を立てていく必要があるでしょう。
従業員への賠償請求としては金額にもよりますが、費用対効果も考え、減額や分割での支払いもなどを提案してある程度柔軟な話し合いを進めていくのが良いと思われます。
当事務所は労働・交通事故に力を入れておりますので、従業員の交通事故トラブルに関するお悩みがありましたらお力になれると思います。まずはご相談ください。
弁護士 阿部 貴之
最新記事 by 弁護士 阿部 貴之 (全て見る)
- 対策しておけばよかった・・・となる前に、中小企業は労務のリスクマネジメントを! - 2023年3月6日
- 普通解雇・懲戒解雇どちらを選ぶべき?懲戒解雇がお勧めできない3つの理由 - 2023年1月27日
- 問題社員対応(解雇など)を弁護士に相談すべき3つの理由 - 2022年12月23日
相談事例・解決事例に関するその他の記事はこちら
- 解雇無効・バックペイ請求の労働審判手続について合意退職・請求額の約1/4でスピード解決
- 2000万以上の横領被害を1か月半でスピード解決した事案
- 就業規則を改定して裁量労働制の適用対象者を変更することは不利益変更にあたるか
- 従業員の給与を下げる場合の注意点についての相談事例
- 令和における高年齢者の雇用に関する就業規則整備のご相談
- セクハラに関するご相談
- SNSが絡む労務管理のご相談
- テレワーク導入にあたって労務管理・労働法上注意すべき点のご相談
- カスタマーハラスメントを繰り返すクレーマーからの不当な訴訟を完全に排斥することができた事案
- 問題社員から提起された解雇無効の労働審判について合意退職のスピード解決(2か月弱 )ができた事案
- 元従業員からの未払賃金・残業代・慰謝料の請求を労働審判で争い、請求額の約1/3で解決できた事例