カスタマーハラスメントを繰り返すクレーマーからの不当な訴訟を完全に排斥することができた事案
業種:福祉・介護業
相談内容・お困りの問題のキーワード:老人ホーム、介護、カスタマーハラスメント、カスハラ、従業員保護、安全配慮義務、人事・労務、訴訟
担当弁護士:阿部貴之、小林玲生起
Contents
相談内容
老人ホームを経営されている法人様からのご相談です。
特養に入居している入居者の家族であるXから、従業員が長期に渡って、カスタマーハラスメントを受けている。具体的にXは、
・医師の往診・入浴時間・面会日程等などにつき、特別扱いを求める要望・苦情を過剰に細々と主張する
・職員に対し、1日複数回、時には1時間以上にも渡って一方的に会話をする
・職員のプライベート的なことを聞き出そうとする
などである。このようなカスハラに対し、施設長が対応するべく、Xの苦情対応窓口を施設長に一本化した。
そうしたところ、このような対応が気に障ったのか、Xは一本化を撤回するよう執拗に要求し、介護上必要なやりとりも拒否してきた。やがて民事調停を申立ててきたが調停不調となり、今般、法人に対し損害賠償請求の民事訴訟を提起してきた。
主な争点
法人の行った対応は、Xに対する不法行為に当たるか。
弁護士の対応・解決内容
結論としては、一審(地方裁判所)・二審(高等裁判所)共に、不法行為には当たらないとして、Xの請求を全部棄却(当方の全面勝訴)しました。
訴訟において、Xは苦情窓口の一本化が不当であること、施設長の対応が不当であることなどを種々主張してきました。しかし、Xの職員への要望・意見などが異常であること、それゆえ苦情窓口の一本化はやむを得ない合理的な措置であったこと、施設長の対応は誠実であったことなどを、冷静に淡々と反論し、訴訟に至る前の業務日誌や報告書といった書証でもそれが裏付けられることを丁寧に立証していきました。
また、それだけでなく、入居者自身には責められる部分はなく、入居者の適切な介護のためにも、円満な解決を目指し、転所に向けた協力や話し合いも積極的に提案していきました。
しかし、Xの解決金等の要求は、法外に高額なものでした。これに対しては、他の入居者との公平性の観点などから、それに応ずることはできないことを当事務所と依頼者様とで綿密な協議の上、和解はやむを得ず諦め、裁判所の公的な判断を仰ぐことにしました。
Xが職員に対しプライベートな質問をしていたことなどをXの尋問で認めさせたことも奏功し、結果として、法人の行った対応は不法行為に当たらないとして、Xの損害賠償請求を全部棄却する、すなわち、当方の全部勝訴の判決を勝ち取りました。
Xは、一審判決に不服として控訴しましたが、控訴審は第1回期日で直ちに結審し控訴棄却(当方の全部勝訴維持)の判決が下され、これが確定し本件は解決となりました。
弁護士の所感・コメント
(1)カスタマーハラスメント(カスハラ)と会社の安全配慮義務について
どのような業種であっても、顧客の要望・意見・苦情は、その会社や業界を発展させるものとして重要です。しかし、顧客の要望等を全て受け入れるべきかというと、もちろんそうではなく、時には、不当要求、エスカレートすると刑法上の「強要罪」「脅迫罪」「恐喝罪」にまで至るものもあります。
本件では、X自身が正当と考えていたかどうか不明ですが、客観的に見れば、不当要求やカスタマーハラスメント(カスハラ)を繰り返すことに端を発する紛争でした。
本件では、会社と従業員との間ではカスハラを巡って紛争にはなりませんでしたが、一歩対応を間違えば会社と従業員との間で(でも)揉め事になっていたかもしれません。カスハラは、従業員と顧客との間だけの問題ではないのです。
会社は、従業員が業務を遂行するに当たり生命・身体・精神を害さないように注意を払う義務(安全配慮義務)を負います(労働契約法5条、平成24年8月10日労基発0810第2号)。
具体的には、「業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務」を負います(「電通過労死事件」最判12.3.24民集54.3.1155)。このような安全配慮義務の内容に照らせば、会社は、従業員が顧客から身体的な暴力からはもちろん、性的ないやがらせ(セクシュアルハラスメント)、精神的暴力(理不尽・不当な要求)などを振るわれることを、予防・阻止する義務を負っているといえます。
そのため、顧客がカスハラを行っていることを知りながら、助長・放置・不対応を行うと、安全配慮義務に違反することになります。仮に、従業員が精神疾患などを負えば、それに基づく損害賠償請求を負うことになってしまいます。
したがって、会社は従業員を「事故」などの危険からだけでなく、「理不尽・不当な顧客」からも守る必要があります。
(2)介護現場におけるカスハラにはどのようなものがあるか
福祉・介護の業務は、被介護者と身体的・精神的に密接なかかわりになるため、被介護者やその家族が職員を「なんでもしてくれる人」と勘違いしてしまいがちです。
特に、若い職員や女性の職員がカスハラの被害に遭うケースが多いとされています(厚生労働省「介護現場におけるハラスメントに関する調査研究事業 報告書」)。介護現場では、カスハラが深刻な問題となっており、会社がこれを無視することは許されません。
「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」によれば、以下のようなものがハラスメントに当たるとされており、これら又はこれらに類する行為が発見・報告された場合には、会社としては、顧客に止めるよう話し合いの場を設ける、場合によっては契約を終了するなどの対応をする必要があるでしょう。
・利用者の夫が「自分の食事も一緒に作れ」と強要する。
・訪問時不在のことが多く、書き置きを残すと「予定通りサービスがなされていない」として、謝罪して正座するよう強く求める。
・「たくさん保険料を支払っている」と大掃除を強要、断ると文句を言う。
・利用料金の支払を求めたところ、手渡しせずに、お金を床に並べてそれを拾って受け取るように求められた。
まとめ
カスハラ対応を間違えると従業員に損害賠償義務を負う!
~全業種に対してカスハラ対策が求められる時代に~
カスハラ対応を間違えてしまい、それが従業員に対する安全配慮義務違反となると、従業員に損害賠償義務を負うことになります。これは、観念的・抽象的なものではなく、現実に紛争となっています。
例えば、甲府地判平30.11.13労判1202号95頁があります。この裁判例では、公立小学校教員が原告となり、学校側(山梨県)に対し、損害賠償金の支払いを求めた事件です。教員が不法行為として主張している学校側の行為は種々ありますが、学校長が児童の保護者からの理不尽な謝罪要求を容認し、教員に謝罪の指示したことが不法行為を構成すると判示されています。具体的には、
M校長は、本件児童の父及び祖父と面談した際、本件児童の父と祖父の言動や原告に対する謝罪の要求が理不尽なものであったにもかかわらず、原告に対し、その場で謝罪するよう求め、原告の意に沿わず、何ら理由のない謝罪を強いた上、さらに、翌朝に原告一人で本件児童宅を訪問して本件児童の母に謝罪するよう指示したものである。(中略)しかし、客観的にみれば、原告は犬咬み事故の被害者であるにもかかわらず、加害者側である本件児童の父と祖父が原告に怒りを向けて謝罪を求めているのであり、原告には謝罪すべき理由がないのであるから、原告が謝罪することに納得できないことは当然であり、M校長は、本件児童の父と祖父の理不尽な要求に対し、事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易に行動したというほかない。そして、この行為は、原告に対し、職務上の優越性を背景とし、職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を明らかに逸脱したものであり、原告の自尊心を傷つけ、多大な精神的苦痛を与えたものといわざるを得ない。したがって、上記のM校長の言動は、原告に対するパワハラであり、不法行為をも構成するというべきである。
上記のような裁判例に照らせば、会社は、
・仮に顧客側からの要求・要望・苦情であっても、それだけの理由で、従業員にそれらの対応(特に謝罪)を指示・命令することは避け、
・まずは、冷静に事実関係を調査するなどした上で、
・客観的に理不尽・不当と思われる要求等であれば拒否するなどの毅然とした対応
が必要といえるでしょう。
企業向けカスタマーハラスメント対応マニュアルができる!~顧客から従業員を守る時代に~
本件は介護現場におけるカスハラが問題になった事案であり、現時点では、特に福祉・介護業界におけるカスハラ対策が注目されています。
しかし、2021年度には、厚生労働省が企業向けのカスタマーハラスメント対応マニュアルの策定を行うことが報道されており(東京新聞2020年10月19日)、今後は、全業種において労務管理の一環として「カスハラ対策・対応」が求められる時代に突入します。上記マニュアルが公表された後は、その基本的な考え方や対応策に沿ったカスタマー対応が必要になるでしょう。労務管理の一環として、理不尽な要求をする顧客から会社が従業員を積極的・主体的に守らなければならない時代がすぐそこに来ているといえます。
当事務所では、人事・労務に特化して企業向け法務を提供しているので、カスタマーハラスメント対応・対策を含め、人事・労務にお困りのことがありましたら、お気軽にお問合せください。
また、顧客からの不当・理不尽・悪質な要求、クレーマーについても、対応可能ですので、このようなことがありましたら、お早めにご相談ください。
弁護士法人シーライト
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