対策しておけばよかった・・・となる前に、中小企業は労務のリスクマネジメントを!
Contents
1 そもそもリスクマネジメントとは?
リスクマネジメントとは、将来的に直面する可能性のあるリスク(企業の存続または発展を脅かす事象)をマネジメント(予め予測して予防策を講じておいたり、万が一発生してしまった場合に損失の低減対策を検討しておいたり、などの事前的な管理)することといわれています。
なお、その他によく聞くコンプライアンスは法令遵守(広い意味では社会道徳の遵守)という意味であり、リスクマネジメントとは意味は異なりますが、コンプライアンスの実施がリスクマネジメント対策にもなるとはいえます。
また、企業に不祥事が発生してしまったのでこれに対応する場合も含まれるのかというと、これはクライシスマネジメント(危機管理)と言われており、一般的には分類が異なります。
2 中小企業に最も身近なリスクは労働問題
中小企業におけるリスクマネジメントの優先度は意外に高いです。
中小企業はリスクマネジメントの優先順位を低く見積もりがちですが、この考え方は非常に危険です。
特に、中小企業で最も頻度が高く、損害の大きなリスクが労務関連のリスクです。
このリスクの見積もりを間違えたがために、思いもよらない数百万円~数千万円超の突発的支払いが生じ、経営に重大な危機をもたらすということがあります。
例えば、従業員が過労により死亡ないし自殺した場合のリスクというものを何も考えていなかったところ、突然従業員が過労自殺してしまい、企業に責任が問われるという場合、数千万円の損失が生じます。以下の事例のように、名だたる大企業に限らず中小・中堅企業でも普通に起こる話です。
過労死ラインを超える労働時間を課されたことでうつ病を発症し、自殺した過労自殺案件につき、訴訟で8000万円以上の解決金を獲得できた事案
また、日ごろから態度が悪かった従業員が命じてもいない業務を勝手に行い、会社に損害を与えたため解雇したところ、これに納得しない従業員から争われた結果、企業側が裁判で負けてしまい数百万円の支払いを命じられるという話も珍しい話ではなく日常的に生じています。
3 対象となる中小企業とは
中小企業とは、中小企業法ではおおむね以下のとおり定義されています。
こちらに当てはまるような企業は、リスクマネジメントを甘く見ているようであればぜひ見直しましょう。
日本標準産業分類上の業種分類 | 事業規模(資本金等・従業員数) |
卸売業 | 資本金の額又は出資の総額が1億円以下 または 常時使用する従業員の数が100人以下 |
小売業 | 資本金の額又は出資の総額が5千万円以下 または 常時使用する従業員の数が50人以下 |
サービス業(※) | 資本金の額又は出資の総額が5千万円以下 または 常時使用する従業員の数が100人以下 |
その他上記以外のすべての業種 | 資本金の額又は出資の総額が3億円以下 または 常時使用する従業員の数が300人以下 |
※サービス業とは、医療、福祉、学術研究、専門・技術サービスなどの業態です。
なお、小規模企業の場合はリスクマネジメントの優先度は低いと思います。
小規模企業とは、中小企業法では以下のとおり定義されています。
こちらに当てはまるような企業は、将来的に考えることになる課題として認識されるとよいでしょう。
日本標準産業分類上の業種分類 | 事業規模(資本金等・従業員数) |
卸売業・小売業・サービス業 | 常時使用する従業員の数が5人以下 |
その他上記以外のすべての業種 | 常時使用する従業員の数が20人以下 |
4 労働問題に関するリスクマネジメントの実施方法
(1)リスクマネジメントの一般的手法
リスクマネジメントに関する国際標準規格(ISO31000)では、リスクマネジメントを進めて行く手順として、①リスク特定→②リスク分析→③リスク評価→④リスク対応という流れを示しています。
そして、対象となるリスクには純粋リスク(財産損失、人的損失、収入減少、賠償責任)と投機的リスク(政治的情勢変動、経済的情勢変動、技術的情勢変化、法的規制変更)とがあるとされています。
リスクマネジメントを進めて行くうえで、ISO31000はいわばガイドラインなので参考にするとよいと思いますが、なかなかイメージがしづらいと思います。
そこで、対象を労働問題に限定し、どうやってリスクマネジメントをいくか、一つ考え方を示してみたいと思います。
(2)労働問題を例としたリスクマネジメント
ア 大前提(基礎作り)
まずは枠組みを作るところからスタートとなりますが、リスクマネジメント規定とプロジェクトチーム(委員会等)を作り、定期開催するようにしましょう。
リスクマネジメントは一回作れば終わりというものではなく、設計→実践→効果測定→改善を繰り返していかなければ意味がなくなります。
そして、代表者(社長や理事長)が責任者となってプロジェクトリーダー(委員長)を任命し、全社的な取り組みであることを明示しましょう。プロジェクトリーダー(委員長)は役員レベルであるとより効果的です。
規定策定にあたっては、用語や概念をISO31000に準拠しておくと、実際に将来本格導入するにあたりスムーズになります。取引先や投資家からの対外的信用を得るために本格導入する可能性があるのであれば、念頭に置いておきましょう。
イ リスク特定
まずは将来的なリスクの洗い出しです。
よくみられる労働問題からは以下のようなものがリスクとして考えられます。
労災、メンタルヘルス(長時間労働等)、ハラスメント、離職問題、残業代等割増賃金、解雇・雇い止め問題、労働組合との争議(不当労働行為)、就業規則不利益変更、外国人不法就労
これらのリストを作成し、担当者の視点だけではなく従業員へのアンケートで抽出したり、財務・会計データなどから予想したり、数年先の経営計画とも照合したりしながら自社に当てはまりそうなもの洗い出していきます。
ウ リスク分析
次に特定したリスクについて発生確率や発生時の影響の大きさを検討します。
定性的なものや確率が不明瞭な事項もあり難しいところですが、可能な限り数値で定量化するのが望ましいです。
例えば社内調査を実施したところ、厚労省のガイドラインが定めている過労死ラインに届きそうなほどの長時間労働をしている従業員がいることが判明した場合、発生確率は高く、5点満点で評価すれば4ないし5点、影響度も非常に大きいので5点満点で評価すれば5点とするなどです。
エ リスク評価
次に、特定されたリスクについて、分析によって得られたリスクの発生確率や、発生時の影響の大きさをもとにして、対応すべき優先順位を割り振ります。
リスク分析で見た長時間労働による過労死の危険は、優先順位が最上位ないしこれに近いものとなるでしょう。
オ リスク対応
特定されたリスクすべてについて、優先順位や分析によって得られた点数を踏まえ、具体的な対応方法を決定していきます。
リスク対応には以下のような方法が挙げられます。
・リスク回避:リスク要因そのものの排除
・リスク低減:リスクの発生確率や影響度を減少させる
・リスク移転:リスクを外部に転嫁する(例としては各種保険に入ること)
・リスク保有:特に対策を取らずそのままリスクを受け入れる
あるリスクについての対策として何もしないこと(リスク保有)を選択した場合、「何のためにリスクマネジメントをしたのか」と疑問を持つ方もいるかもしれません。
しかし、影響度や発生確率が極めて小さい事項も含め特定されたリスクは多岐にわたることになります。例えば調査の結果、長時間労働もハラスメントもみあたらず、業種的に事故の発生確率が低い事務職中心の会社の場合、労災事故もリスクとしては挙げられるものの、分析結果では点数が低く、優先度も最後の方となるでしょうが、そういったリスクに対してもコストをかけて対策をとるときりがありません。
大事なのは、対応すべきものにはきちんと対応しつつも、対応しないと決めたリスクもあるということを認識しておくということです。
(3)労働問題のリスクマネジメントにあたっては専門家が不可欠
せっかくコストをかけて代表者が責任者となって全社的に取り組もうというのに、法的な知識がない担当者やメンバーだけがインターネット上の情報だけを参考に判断しながら進めた場合、穴だらけのリスクマネジメントを策定してPDCAをまわしていくことになり、取り組み自体が無駄になる恐れがあります。最悪の場合、対策を実施した結果、想定外の労働紛争が発生し、想定外のリスクを負うということにもなりかねません。
労働問題のリスク特定・分析・評価・対応にあたっては、弁護士などの専門家の関与が不可欠です。
まずは労働問題に詳しい弁護士などの専門家にご相談いただき、プロジェクトの監修などを打診することから始められてはいかがでしょうか。
弁護士 阿部 貴之
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