業務上労災にあった従業員の解雇制限
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1.どういう場合に解雇が制限されるか
業務中にけがをしてしまい休業せざるをえない従業員が解雇された場合、再就職は困難です。そこで、労働者の生活上の困窮を防ぐため、労働基準法は次のような解雇規制を設けています。
使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。
この規定によれば、
①業務災害によるけがで「療養中」かつ
②「休業」している
場合には解雇が制限されることになります。
この「療養中」とは、業務上のけがが改善の見込みがあって病院で治療が続いている状況を言います。
2.解雇制限がされない場合(その1 労働基準法19条が適用されない場面)
まず、上記①と②の要件を満たしていない従業員については、解雇は制限されません。
例えば、「療養中」でも働けないほどのけがではないので休業はしていない従業員や、けがで働けないものの「療養中」ではない従業員については解雇制限されません。
後者についてはどういうことかというと、これ以上治療を続けても改善の見込みがないという場合、治療にあたった医師により療養を終了して症状固定(後遺症が残った)という判断がなされます。症状固定となった場合は、仮にその後も後遺症について病院での治療が行われている場合であっても、「療養中」ではなくなります。
そのため、業務上けがをした従業員が後遺症で働けないため休業していたとしても「療養中」ではないため労働基準法19条による解雇制限はされません。
3.解雇制限がされない場合(その2 打切補償を支払った場合)
労働基準法と労災保険法は次のような規定を設けております。
ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。
労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
第七十五条の規定によつて補償を受ける労働者が、療養開始後三年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の千二百日分の打切補償を行い、その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。
これらの規定によれば、まず、会社が事業継続不能となった場合は解雇が制限されなくなることは問題なく読み取れます。
しかし、3年間「療養中」で「休業中」の従業員に対して会社が打切補償を支払えば解雇は制限されなくなるのか、ということについては、高裁と最高裁とで結論が分かれるほどに裁判で激しく争われました。
なぜなら、これらの規定を形式的に読むと、「第七十五条の規定によつて補償を受ける労働者」とは、会社が自ら費用負担して治療を受けていた労働者ということになり、労災保険で治療費がまかなわれていた場合が含まれないとも読めるからです。
結論としては、最高裁(最判H27.6.8学校法人専修大学事件)は、労災保険で治療費がまかなわれていた労働者についても「第七十五条の規定によつて補償を受ける労働者」に含まれるものと判断しました。つまり、3年間「療養中」で「休業中」で労災保険により治療費がまかなわれていた従業員についても、打切補償を支払えば解雇が制限されません。
では打切補償の金額は具体的にどれくらいになるでしょうか。
先にご紹介した労基法81条によれば平均賃金の1200日分です。
平均賃金は、その従業員の休業前の直近3か月間で支払われた給与の総額(賞与は含まない)をその3か月間の総日数で割った金額です。
つまり、打切補償の額はこの平均賃金に1200をかけた金額になります。
例えば、賞与を除いた月収30万円の従業員に対して支払わなければならない打切り補償の額は、1200万円ほどになります。
4.解雇制限がされない場合(その2 傷病補償年金が支給された場合)
企業規模にもよりますが、打切補償の金額が高額であるため支払いが困難という場合もあろうかと思います。
労災保険法は次のような規定を設けております。
業務上負傷し、又は疾病にかかつた労働者が、当該負傷又は疾病に係る療養の開始後三年を経過した日において傷病補償年金を受けている場合又は同日後において傷病補償年金を受けることとなつた場合には、労働基準法第十九条第一項の規定の適用については、当該使用者は、それぞれ、当該三年を経過した日又は傷病補償年金を受けることとなつた日において、同法第八十一条の規定により打切補償を支払つたものとみなす。
この規定によれば、労災保険から傷病補償年金が支給されれば打切り補償の支払いは必要なくなります。
どのような場合に傷病補償年金が支払われるかというと、療養開始後1年6か月を経過しても傷病が治っておらず、その傷病の程度がかなり重い場合です。どれくらい重い場合かというと、例えば、
・片眼を失明し他方の眼の視力0.06以下
・咀嚼又は言語の機能を廃している
・神経系統の機能又は精神に著しい障害を有し、常に労務に服せない
・胸腹部臓器の機能に著しい障害を有し、常に労務に服せない
・両手の手指の全部を失った
という場合です。
裏を返すと、上記ほどのけがでなければ傷病補償年金は支給されませんので、打切補償の支払いが必要となります。
5.解雇制限がされないからといって必ず解雇が有効になるわけではない
解雇制限が適用されなければ何の問題もなく労災にあった従業員を解雇できるかというとそういうわけではありません。
ご存じのとおり労働契約法には次の規定があります。
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
この解雇権濫用法理は労災で解雇をするという場面でも適用されます。
つまり、解雇には「客観的合理的理由」と「社会通念上の相当性」が必要となりますので注意が必要です。
ただ、打切補償をした上で解雇した場合には、特段の事情がない限りは,当該解雇は合理的理由があり社会通念上も相当であると判断した高裁判例があります(アールインベストメントアンドデザイン事件控訴審判決 東京高判H22.9.16)。
休業期間3年、高額な打切補償を支払う、ということはかなり手厚い生活保障を与えたことになると思いますので、このような場面であればよほどのことがない限りは解雇が無効と判断されないと考えてもよいと思われます。
従業員が業務上労災でけがをして復帰のめどが立たず、会社としてもこのままにしておくことができない、という場合であっても、安易に解雇などの重い処分をしてしまうと労働紛争となり、経営者の方や会社に非常に重い負担が発生しかねません。
どうしようかとお悩みの経営者の方や人事労務担当者の方におかれましては、どのような選択肢があり、どのような対策が適切なのかを知った上で判断することが重要かと思いますので、まずはご相談ください。
弁護士 阿部 貴之
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