メンタルヘルス不調者に関する労務対応② ~主なQ&A~

休職を既に行っている労働者に対しての対応については、

「メンタルヘルス不調者に関する労務対応①~休職開始から自動退職までの対応~」をご参照ください。

本稿では、私傷病休職制度利用、特にメンタルヘルス不調者による制度利用に関する諸疑問につき、お答えしていきたいと思います。

Q-1 メンタル不調と思われる労働者がいる。業務に支障も出てきているため、上司より精神科の受診を勧めたが、「自分は正常だ」などと述べて、取りあってもらえない。会社は、どのように対応すればよいでしょうか?

A-1 書面で業務命令としての受診命令を発出しましょう。

会社は、労働者に対し、健康を害さないよう配慮すべきという「安全配慮義務」(労働契約法5条)を負っています。そのため、労働者の心身の不調を看取した場合に、それを漫然と放置することは許されません(労働安全衛生法65条の3・104条、「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」)。

そこで、質問のような場合には、「精神科等の受診を命ずる」という業務命令を書面で発出しましょう。なお、裁判例上は、就業規則に受診命令が出来る旨の規定がなくとも、合理的かつ相当な理由がある場合には受診命令を発出でき、労働者もそれに応ずる義務が生ずるとされていますが(東京高判昭61.11.13判タ634号131頁、大阪地平15.4.16労判849号35頁など)、疑義を避けて労働者に納得してもらうためにも、就業規則に規定を設けておくのがベターといえます。

Q-2 上記A-1のアドバイスに沿って、労働者に業務命令としての受診命令を出しました。しかし、労働者は、その業務命令に従いません。業務命令違反を理由として懲戒解雇をしてもよいでしょうか?

A-2 解雇や減給などいきなり重い処分を課すことは避けましょう。

一般論としては、合理的な受診命令に対しては、労働者が応ずる義務が生じますので、この義務違反については、懲戒処分を行うことができます。判例としても、頸肩腕症候群の総合精密検診を受診すべき業務命令に従わなかった労働者に対する戒告処分を有効としたものがあります(最判昭61.3.13労働判例470号6頁)。

しかし、統合失調症的な症状から無断欠勤を約40日続けた労働者に対する諭旨解雇の案件につき、

「このような精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、使用者である上告人としては、その欠勤の原因や経緯が上記のとおりである以上、精神科医による健康診断を実施するなどした上で(記録によれば、上告人の就業規則には、必要と認めるときに従業員に対し臨時に健康診断を行うことができる旨の定めがあることがうかがわれる。)、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、このような対応を採ることなく、被上告人の出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い」

とした最高裁判例があります(最判平24.4.27判タ1376号127頁)。

そのため、受診命令違反⇒懲戒解雇とすることは適切ではありません。まずは、休職命令から始め、それに対する違反に対しては、戒告やけん責などの一番軽い処分を行うなどの段階的な対応が必要でしょう。

Q-3 労働者が休職しました。労働者に対して賃金の支払をする必要はありますでしょうか?

A-3 次のように場合分けして考える必要があります。

1 労働契約の内容・性質に応じた労務の提供が出来ない状態にある

労働契約(雇用契約)は、労働者に労務を提供してもらい、その対価として報酬(=賃金)を支払っているという法的関係にあります(民法623条)。そのため、労働者は、労働契約の内容・性質に応じた、ありていにいえば「賃金に見合った」労務の提供をする義務があります。

したがって、労務提供が上記義務を満たす程度のものでない場合には、会社はその労務提供を受けることを拒絶することができるため、賃金を支払う必要はありません。例えば、統合失調症による被害妄想を生じているような労働者の場合、たとえ「出勤できる」と言い張ったとしても、とても他の労働者と協働して労働できる状態ではないでしょうから、労務提供拒否をして賃金を支払うことが可能と考えられます。

2 労働契約の内容・性質に応じた労務の提供が出来ないとまではいえない

一方、上記1で述べた「労務契約の内容・性質に応じた労務提供」は、労働者の義務であると同時に、権利でもあります。そのため、労務提供を受けることの拒否が、会社の一方的都合の場合には100%の賃金を支払う必要がありますし(民法536条2項)、一方的都合とまではいかなくとも会社に帰責すべき事由によって労働者を休業させる場合には60%以上の賃金(就業規則で定めた内容による)を支払う必要があります(労基法26条)。

3 注意点

賃金支払いの要否については、理屈上は上記(1)(2)のように区分けすることができます。しかし、そもそも、「労務契約の内容・性質に応じた労務提供ができない状態か否か」の判断自体が難しい上に、労働者にとっては生活がかかっていることですから、賃金支払いを巡って争いになることもあります。そこで、予防法務的な観点からは、次のような点に注意した方がよいでしょう。

①労働契約書で、労働者がどのような労務を提供すべきなのか出来る限り具体的かつ詳細に規定しておく

②労働者の希望で(労働者都合で)休職する場合には、「休職制度利用申請書」などでその旨を書面で明確にしておく。

③健康保険の傷病手当金申請について、会社から積極的に案内や協力を行う

④明らかな長時間労働(目安としては、時間外労働が月80時間を超えるか否か)、上司・同僚による明らかなパワハラ・セクハラによるメンタル不調などの場合には、労災保険申請について積極的に案内や協力を行う

などです。

特に、③④については、労働者も感情によって左右される人間ですから、「会社がきちんと対応してくれた」と感じるのか、それとも「会社の対応が不誠実だ。労災隠しをしようとしている」と感じるのかで、その後の労働者の争い方や争う姿勢(特に、損害賠償請求)が変わってきますので、過誤の無い対応をしたいものです。

まとめ

休職制度は、制度利用開始後だけでなく、制度構築の段階~利用開始前の対応についても、悩ましい問題が潜んでいます。特に、メンタルヘルス不調者相手ともなると、更に問題が複雑化します。

労働者にメンタルヘルス不調者が看取された場合には、紛争予防のため早期の対応が必要ですから、早めに労務の専門家にご相談することをお勧めいたします。

 

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弁護士 小林 玲生起

弁護士の小林玲生起と申します。 元従業員から未払賃金の支払い請求があった事件で、訴えられた企業側の弁護をした経験があります。元従業員からの未払残業代や未払賃金の請求に限らず、お悩みのことがございましたら、お気軽にご相談下さい。

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