定期健康診断や制服に着替える時間は給料を払わなくてもよい?

従業員が受ける定期健康診断の受診時間や、従業員の着替えの時間に対して、会社は賃金を支払うべきなのでしょうか?
今回は、労働時間として扱うべきなのかどうか線引きの難しい問題である健康診断の時間や着替えの時間などの給料について、行政の解釈や判例を交えて紹介します。

定期健康診断を受けている時間の賃金について

定期健康診断を受けている時間についての行政の考え方

定期健康診断について労働時間として扱わないとならない場面の線引きは見解が分かれがちな難しい問題です。
この点について厚生労働省のホームページでは以下のような回答がされております。

「健康診断には大きく分けて一般健康診断と特殊健康診断があります。(中略)一般健康診断は、一般的な健康確保を目的として事業者に実施義務を課したものですので、業務遂行との直接の関連において行われるものではありません。そのため、受診のための時間についての賃金は労使間の協議によって定めるべきものになります。ただし、円滑な受診を考えれば、受診に要した時間の賃金を事業者が支払うことが望ましいでしょう。(以下略)」

引用:厚生労働省(健康診断を受けている間の賃金はどうなるのでしょうか?|厚生労働省

つまり、定期健康診断を受けている時間について、行政は、必ずしも給料を支払わなければならないと考えているわけではないということがいえます。

会社による定期健康診断受診中の賃金支払い

では、実際に行政の考え方に反しないからといって、健康診断を受けている時間の賃金を支払わないことは問題ないのでしょうか?

現実的には、健康診断受診中の時間の賃金カットをすると騒ぐ従業員もいるでしょうから、職場秩序の維持という別の観点から考えると現実的にも賃金カットが正解とは言い難い面もあるでしょう。
そのため、一般的には、定期健康診断を受けている時間も労働時間として扱って給料を支払っている会社が多いのではないかと思います。

会社による健康診断義務

健康診断受診時の賃金支払いについて従業員とトラブルになるならば、会社は、健康診断を実施しないという選択をすることはできるのでしょうか。

労働安全衛生法第66条によって、会社による健康診断の実施義務が定められています。
義務付けられている健康診断は、一般健康診断と特殊健康診断のどちらも対象となります。一般健康診断は、すべての企業に義務付けられているものになり、雇入れ時の健康診断と定期健康診断があります。

定期健康診断については、1年以内ごとに1回の実施をしなければなりません。 特殊健康診断とは、従業員が法で定められた一定の業務に従事する場合に義務付けられている健康診断になります。
この健康診断の実施義務は、会社が従業員の健康と安全に配慮し、危険な働かせ方をさせてはならないとする安全配慮義務を負っているためです。 会社は、従業員の健康状態を把握することで、労働時間の短縮や作業転換など従業員の適切かつ有効な就業上の措置を講じながら、働きやすい職場環境を提供していくことが必要となります。

このように、会社は労働者の健康管理を適切に行っていくことを労働安全衛生法で義務付けられており、また、従業員の健康感ありは離職率の低下にもつながる重要な施策です。

健康診断を実施しない場合の処分

会社が健康診断の実施義務があるにもかかわらず、実施しない場合には、労働安全衛生法第120条に基づいて、50万円以下の罰金という刑事罰を受けることになります。

定期健康診断の対象者

定期健康診断を含む一般健康診断は、常時使用する労働者が対象となります。
この常時使用する労働者に該当するのは、正社員だけではなく、以下の①及び②の要件を満たすパートやアルバイト従業員も含まれます。

-パートやアルバイト従業員が常時使用する労働者に該当する要件-

① 期間の定めのない雇用契約によって従事する者又は期間の定めのある契約によって従事する者の場合、1年以上従事することが予定されている者及び更新によって1年以上従事している者

② その者の1週間の労働時間数が当該事業場において同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間数の4分の3以上であること

会社は、正社員の健康診断だけではなく、パートやアルバイト従業員の勤怠管理に関しても注意する必要があります。

健康診断の費用を負担するのは誰か?

健康診断の費用を会社に義務付けている法令上の規定はありません。
しかし、行政通達(昭和47年9月18日基発第602号)では健康診断の費用は会社が負担すべきものとされています。

法律上、会社に健康診断の実施が義務付けられている以上、その費用も会社が負担すべきと考えるのが文理解釈上自然かと思われます。
ただし、人間ドックやオプション検査、再検査に関し、労働安全衛生法を超える範囲についての健康診断に関しては、会社のルールを明確化し、従業員の負担とすることもできます。

参照:厚生労働省(健康診断の費用は労働者と使用者のどちらが負担するものなのでしょうか?|厚生労働省

制服に着替える時間の賃金について

制服が決められている場合や作業服に着替える必要がある場合、この着替えの時間は労働時間にあたるのかどうかという問題があります。

この問題も線引きの難しい問題です。
着替え時間が労働時間に含まれるかどうかについては、状況によって判断が異なります。
そのため、会社は、着替え時間が労働時間にあたるケースとあたらないケースを把握しておく必要があります。

労働時間の定義とは

労働時間の定義については、厚生労働省が発表している「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」に定義されています。
以下、ガイドラインの抜粋になります。

労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。

そのため、次のアからウのような時間は、労働時間として扱わなければならないこと。
ただし、これら以外の時間についても、使用者の指揮命令下に置かれていると評価される時間については労働時間として取り扱うこと。

なお、労働時間に該当するか否かは、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんによらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであること。

また、客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断されるものであること。

ア 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間

イ 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、 労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)

ウ 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間

ポイントは、労働時間が、会社の指揮命令下に置かれている時間であるということです。
そして、上記ガイドラインの抜粋アの部分で明示されている「使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間 」についても労働時間として扱われるとしています。

したがって、制服等への着替え時間が、業務に必要な準備行為として使用者の指示があるような場合には、着替え時間も労働時間に含まれ、賃金が発生すると考えるべきです。
この条件は、正社員だけではなく、パートやアルバイトの従業員にも適用されます。

制服などへの着替え時間が労働時間となるケース

・就業規則で制服の着用が義務付けられており、更衣室など着替え場所が指定されているケース
就業規則などで所定の場所での制服等への着替えを義務付けているケースでは、使用者による明示の指示がありますので、使用者の指揮命令下に置かれている時間となり、こういったケースの着替え時間は、労働時間に含まれます。

着替えの労働時間性が争われた裁判例

着替えが労働時間に該当するかどうかが問題となった事件を2つ紹介します。

三菱重工長崎造船所事件/最高裁平成12年3月9日判決

・事案の概要
造船所の従業員に対して所定労働時間外に作業服への着替えや安全保護具等の装着を所定の更衣室で行うよう義務付けていました。それを怠ると従業員は、懲戒処分を受けたり、業務成績に影響が生じたりする場合がありました。従業員は、労働時間から除外されていた着替えなどの時間について、労働時間に含まれると主張して会社に対し割増賃金の支払いを求めた事案です。

・判決の要約
裁判所は、労働時間に該当するか否かは、労働契約・就業規則・労働協約などの定めにより決定されるのではなく、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に判断するとしました。

そのうえで、作業服等の装着及び更衣所等から準備体操場までの移動は、会社の指揮命令下に置かれたものと評価することができるとしました。さらに、実作業の終了後も、更衣所等において作業服等の脱衣等を終えるまでは、会社の指揮命令下に置かれているものと評価することができるとしました。

日本郵便事件/神戸地裁令和5年12月22判決

・事案の概要
郵便業務等を目的とする会社の従業員に対して、制服を着用するよう義務付け、かつ、その更衣を更衣室において行うものと義務付けていました。
従業員らは、更衣に要する時間に応じた割増賃金を支払っていない旨主張して、会社に対して、割増賃金等の支払いを求めた事案です。

・判決の要約
裁判所は、従業員らは、制服の更衣に係る行為は、会社の指揮監督命令下に置かれたものと評価することができるとしました。 したがって、更衣に要する時間は、労働時間に該当すると認められ、従業員らについて、割増賃金請求権等が認められると判断しました。

制服などへの着替え時間が労働時間にならないケース

どのようなケースであれば着替え時間が労働時間にあたらないのかも紹介します。

・従業員の都合による着替え
就業規則などに着替えをすることが明示されておらず、業務上も着替えを必要としていない仕事であれば、従業員の都合による着替え時間は労働時間に含まれません。
たとえば、私服勤務が可能な会社で、従業員が、個人の都合で更衣室を利用し着替えたとしても会社による明示または黙示の指示がないため労働時間には含まれません。

・着替え場所を指定していない場合または自宅で着替えることになっている
会社が制服への着用を指示している場合であっても、更衣室と自宅のどちらで着替えてもよいとしている場合には、場所の拘束がないため、労働時間にあたらないと考えられます。
また、通勤時に制服着用が認められている場合も、場所の拘束がないため、着替え時間は労働時間に含まれません。

着替え時間が労働時間にあたる場合、賃金を支払わないときの処分

・従業員から未払い賃金請求訴訟を提起される可能性がある
着替え時間が労働時間にあたる場合、従業員から未払い賃金請求訴訟を提起され、裁判所により未払い賃金の支払いが命じられるケースがあります。
もし、着替え時間を労働時間に含めることで法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超えている場合には、通常の労働時間に対する賃金に加え、25%以上の割増率により増額した割増賃金の支払いが必要になります。

・是正勧告や罰則を受ける可能性がある
着替え時間が労働時間にあたるにもかかわらず、賃金の支払いをしていない場合には、労働基準法違反となります。

労働基準監督署に従業員からの申告があれば、調査が行われ、是正勧告を受ける可能性があります。さらに、会社が是正勧告に従わない場合、刑事罰を受ける可能性があるため注意しましょう。

従業員とのトラブルを避けるためには

着替えの業務との関連性や不可欠性から試行錯誤して就業規則等を整備していく必要があります。
着替えの時間を労働時間ではないという方向へ持って行こうとするうえでは、

  • 自宅で着替えてくるようにしてもらう
  • 制服を基準服として着用を「推奨」するに留める

などの工夫が考えられますが、確実な正解はないと言わざるを得ません。
ただし、作業内容との関連性が強い特殊作業着などの着替えの時間は、労働時間として給料を支払っておくべきでしょう。

労務問題の相談は弁護士法人シーライトへ

通常の業務ではなくとも会社からの指示による健康診断や制服等への着替えに対して、賃金が発生するのか否かの判断については、個別具体的に判断されるものになります。

そのため、安易に賃金の支払いをしないと判断してしまうと、従業員とのトラブルに発展するおそれもあります。 「こういった場合、労働時間にあたるのか?」「賃金を払う必要があるのか?」など労務問題に関してお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。

弁護士法人シーライトでは、労務問題に詳しい弁護士が、従業員との労務トラブルを回避するためのアドバイスなどを行い、丁寧に対応させていただきます。

The following two tabs change content below.

弁護士法人シーライト

弊所では紛争化した労働問題の解決以外にも、紛争化しそうな労務問題への対応(問題社員への懲戒処分や退職勧奨、労働組合からの団体交渉申し入れ、ハラスメント問題への対応)、紛争を未然に防ぐための労務管理への指導・助言(就業規則や各種内規(給与規定、在宅規定、SNS利用規定等)の改定等)などへの対応も積極的に行っておりますのでお気軽にご相談ください。