飲酒運転と懲戒処分
従業員による飲酒運転が、会社の信用や業務運営に大きな影響を及ぼす可能性があるため、会社としては慎重かつ適切な対応が求められます。
今回は、もし雇用している従業員が、飲酒運転で検挙されてしまった場合、雇用主たる会社としてはどのような処分を下すべきなのかについて考えてみたいと思います。
Contents
1 飲酒運転のケース分け
飲酒運転と言っても、酒気帯び運転で検挙されるケースもあれば、泥酔状態で検挙されるケース、飲酒運転のさなかに事故を起こして検挙されるケース、起こした事故の内容が物損事故に留まるケース、人身事故を起こしたケース、死亡事故を起こしてしまうケースなどが考えられます。
また、検挙されたことを勤務先に自主的に報告したケースもあれば、検挙されたことを報告せずにいたところ後に発覚したというケースも想定されます。
さらに、検挙された従業員の業務内容がもっぱら事務等の内部業務であるというケースもあれば、車両の運転を業務内容とするケースや、かつ会社が運送業を主体とするようなケースも想定されます。
このように飲酒運転のケースにも様々なパターンがあります。
2 飲酒運転と懲戒処分の位置づけ
飲酒運転は、道路交通法違反であり、場合によっては危険運転致死傷罪(刑法208条の2)の適用もあり得る重大な行為です。
これにより、刑事責任や民事責任が問われることはもちろんのこと、場合によっては、労働契約上の義務違反として懲戒処分の対象にもなり得ます。
3 懲戒処分を行う理由
会社が飲酒運転を行った従業員に対して、懲戒処分を行う理由には、下記のような理由が挙げられます。
・会社の信用への影響
従業員の飲酒運転が発覚すると、会社全体の社会的信用が損なわれる可能性があります。
特に、運送事業などの業務は自動車運転が深く関わっているため、会社に対する社会的評価や組織の秩序維持への影響は大きいでしょう。
そのため、会社が飲酒運転を理由として、従業員を懲戒解雇することも選択肢となり得ます。
・再発防止と組織の規律維持
会社としては、社会に対する配慮だけではなく、中で働く他の従業員への飲酒運転に対する抑止効果を持たせ、規律を維持していくための措置として懲戒処分を行う場合もあります。
4 飲酒運転労働事件における裁判例の動向
飲酒運転をした従業員の解雇が争われた裁判事例としては以下のようなものがあります。
① ヤマト運輸事件(東京地裁判決H19.8.27)
ドライバーが業務終了後の飲酒により自家用車を運転中に酒気帯び運転で検挙されたものの、処分を恐れて検挙された事実を会社に報告しなかったという事例
裁判所は、会社による懲戒解雇処分を有効と判断し、ただし退職金の減額・没収については、3分の1の限度で退職金を支給するべきであると判断しました。
② 日本郵便事件(東京地裁判決H25.3.26)
内部業務従事者が酒気帯び運転中の物損事故を起こし不申告で立ち去ったという事例
裁判所は、会社による懲戒解雇を有効と判断し、ただし退職金の減額・没収については、30%の限度で退職金を支給するべきであると判断しました。
③ X庁事件(東京地裁判決H26.2.12)
酒気帯び運転で94m走行したものの、人身や物損の事故は起こしていなかったという事例
裁判所は自治体による懲戒免職の処分を重すぎるとして無効と判断しました。
④ 公立学校勤務の教員Xによる事件(最高裁R5.6.27)
酒気帯運転で、けが人などはなく、車両の物的損害のみが生じたという事例
事故後、教員Xは酒気帯運転により、罰金35万円の略式命令を受けています。教育委員会は、酒気帯び運転を理由として、この教員Xを懲戒免職処分とし、さらに退職手当全額を支給しないこととする支給制限処分をしました。
教員Xは30年程度勤務しており、この酒気帯運転以外には、特段の問題もなく過去に懲戒処分歴もありませんでした。そのため教員Xは、退職金の全部を支給しないとする処分の取消しを求め、訴訟を提起しました。
仙台地裁令和3年12月2日判決では、飲酒運転について退職手当が大幅に減額されることはやむを得ないとしつつ、退職手当が賃金の後払いや退職後の生活保障としての面もあることを指摘し、退職金不支給処分の全部を取消しました。
次の原審(仙台地裁での第一審)の仙台高裁令和4年5月26日判決は、裁判所が相当と認める範囲で一部取り消しをするのが相当であるとして、退職手当の3割を超えて支給を制限したことは違法であると判示しました。
しかし、これに対し最高裁は、飲酒運転の態様の危険性や、教諭が飲酒運転をしたことによる生徒への影響、学校への信頼や業務遂行に支障を生じさせたことなどを踏まえ、退職金の全部を支給しないと県教育委員会が判断したことが社会通念上の裁量権の範囲を逸脱濫用したものとはいえず、退職金全部支給制限処分は違法とは言えないとして、控訴審判決を変更し、教員Xの請求を全部棄却しました。
このように、この判決では退職金全額の不支給を認めるという非常に厳しい判断をしています。
5 懲戒処分を行う場合の法的注意点
懲戒処分には戒告、減給、降格、出勤停止、懲戒解雇などいくつかの種類があります。
その処分については、行為の性質やその他の事情を総合的に考慮して決めることになります。
もしも、懲戒事由の内容に対して重すぎる懲戒処分をした場合には、処分が無効となる可能性があります。そのため、飲酒運転に対して従業員の懲戒処分を行う場合には、飲酒運転の内容、事故の内容、就業規則の規定内容、過去の同種事例との比較など関連する資料を検討したうえで懲戒処分の種類を決定していく必要があるでしょう。
会社が懲戒処分を行う際には、以下のような点に留意する必要があります。
(1) 就業規則の整備
懲戒処分は、労働契約法第15条に基づき、就業規則に明記された範囲で行う必要があります。
飲酒運転について具体的な規定がない場合、懲戒処分が無効とされるリスクがあります。
(2) 処分の妥当性
処分が過度に厳しい場合、処分を受けた従業員側から不当処分として訴えられる可能性があります。
裁判所は処分の社会的相当性を判断基準としているため、個別の事案に応じた慎重な対応が必要です。
(3) 適正手続の確保
懲戒処分を行う前に、従業員に対して事実確認や弁明の機会を提供することが求められます。
これを怠ると、処分自体が無効とされるリスクがあります。
6 飲酒運転問題に関する会社対応と弁護士の役割
飲酒運転に対する世論は厳しくなっており、コンプライアンス面から、会社による処分も世論に比例して厳しくすることが求められているように感じます。
そのため、飲酒運転の程度・態様や事故の内容などによっては、懲戒解雇を含めた重い処分が選択肢として挙げられることも出てきますが、業務との関連性が薄い場合や過去の処分との均衡などによっては、一度の飲酒運転で懲戒解雇は重すぎると評価される可能性もあり、厳しい処分で臨みつつも、懲戒解雇という最も重い処分を下すことについては慎重に検討する必要があります。
裁判例を見る限り、裁判所も概ね同様の見識に立っているものと推測されますが、従事している業務や会社の主たる業務の性質(運送業等)、不申告やひき逃げなど、社会に与える影響の重大性や行為の悪質性に着目しているように見受けられます。
どのような懲戒処分を選択するかということには、法的判断が伴いますので、処分実施前に労務問題に詳しい弁護士に処分方針等について相談されることをおすすめします。
弁護士は、労働法や懲戒処分の専門知識を活かしながら、懲戒処分が法的に妥当であるか、過度な処分となっていないかを判断し、その会社に最適な解決策を提供することができます。
そして、弁護士のサポートを活用することで、会社の信用を守りつつ、適切で公平な対応を実現することが可能となります。
労務問題でお困りの場合は、弁護士法人シーライトにご相談ください。

弁護士法人シーライト

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