会社は健康診断の受診拒否や再検査を怠る従業員を懲戒処分できるか?
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1 健康診断をめぐる義務
「事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断を行わなければならない」(労働安全衛生法66条1項)とされており、会社には雇用している従業員に健康診断を受けさせる義務があります。
他方、労働者にも健康診断を受ける義務があります(同条5項本文)。ただし、会社が指定する病院で健康診断を受けたくない労働者は、他の病院で健康診断を受け、その健康診断の結果を書面で会社に提出すればよいとされております(同項但書)。
会社が労働者に受けさせなければならない健康診断は、一般健康診断と特殊健康診断とに分類されます。
一般健康診断の種類としては雇入れ時の健康診断や定期健康診断(年1回)がその代表例ですが、この2種類の健康診断の対象者は常時使用する労働者とされ、検査項目も健康診断で一般的に行われている11の検査項目に限られます(労働安全衛生規則44条)。
これに対し、特殊健康診断は、有機溶剤健康診断や鉛健康診断など特殊な項目について健康診断が行われ、対象者もそのような健康診断が健康管理に必要となるような業務に従事する労働者に限定されます。
2 パート・アルバイト・期間雇用社員も対象になりうる
先ほど述べたように、雇入れ時の健康診断や定期健康診断の対象者は「常時使用する労働者」です。労働者のうち誰がこの「常時使用する労働者」にあたるのかについては行政通達で示されており、下記(1)と(2)の両方の要件を満たす場合とされております(平成19年10月1日基発第1001016号)。
(1)期間の定めのない契約により使用される者であること。なお、期間の定めのある契約により使用される者の場合は、1年以上使用されることが予定されている者、及び更新により1年以上使用されている者。(なお、特定業務従事者健診<安衛則第45条の健康診断>の対象となる者の雇入時健康診断については、6カ月以上使用されることが予定され、又は更新により6カ月以上使用されている者)
(2)その者の1週間の労働時間数が当該事業場において同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間数の4分3以上であること。
つまり、パート・アルバイト・期間雇用社員だからといって健康診断を受けさせなくては良いと思い込まず、労働時間に応じてきちんと管理しなければなりません。
3 健康診断の費用や受診時間に対応する賃金支払いの要否
健康診断の実施費用については、法律上事業者に実施が義務付けられていることから、事業者が負担しなければならないと考えられます。
これに対し、健康診断を受けている間の時間について会社が賃金を支払わなければならないかということについては、一般健康診断の場合は、労働者が業務遂行をするための時間とはいえないので、特に取り決めがない限り法的には賃金の支払い義務は発生しないものと考えられます。
ただ、会社としては労働者に健康診断を受けさせなければならない以上、その円滑な実施のため、会社は労働者に受診に要した時間の賃金を支払うことが望ましいとされており、労使間での協議がなされるべきでしょう。
他方で特殊健康診断については、業務の遂行に直接関わる健康診断であるため、健康診断を受けている間の時間は労働時間と考えられ、会社はこれに対応する賃金を労働者に支払わなければなりません。
4 要再検査・精密検査となった労働者はこれを受ける義務があるのか
会社は、健康診断の結果、診断の項目に異常の所見があると診断された労働者については、その健康を保持するために必要な措置について医師又は歯科医師の意見を聴かなければならない義務が課されております(労働安全衛生法66条の4)。
そして、この医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、その労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか、作業環境測定の実施その他の適切な措置を講じなければならないとされております(同法66条の5)。
これら会社に課された義務は、「異常の所見がある診断された」場合に限られているところ、要再検査・精密検査では異常所見があるかもしれないということが判明したに過ぎないため、会社に上記のような義務が課される場面ではありません。
よって、特に取り決めがない限り、健康診断の結果、要再検査・精密検査となったとしても、会社が法律上の義務に基づく対応をする前提を欠きますので、その労働者としても再検査・精密検査まで受ける義務はないと考えられます。
5 会社は健康診断の受診拒否や再検査を怠る従業員を懲戒処分できるか?
まず、労働者には健康診断の受診義務がある以上、健康診断の受診を拒否する従業員は懲戒処分の対象になりうるところです。
例えば、公立学校教員が胸部エックス線検査の受診を拒否したことにつき、減給の懲戒処分を有効とした判例があります(愛知県教委事件・最一小判平成13年4月26日)。
しかし、この判例は結核予防法上の義務や結核の社旗的影響、教師としての立場なども勘案して懲戒処分を有効と認めた事例判断でもあるため、およそ健康診断の受診拒否一般が必ず懲戒処分の対象にできるとは限らないため、注意が必要です。
次に、要再検査・精密検査となった場合については、特に取り決めがなければ労働者にはこれを受ける義務がないため、懲戒処分の対象とはできません。
反面、就業規則や個別の雇用契約で再検査・精密検査についての取り決めがなされている場合は別の結論も考えられます。
例えば、就業規則上明記された法定外の健康診断の受診を拒否した労働者に対する戒告の懲戒処分を有効と認めた判例があります(最一小判昭和61年3月13日)。
この結論だけをみると、健康診断において再検査・精密検査となった場合の再検査・精密検査を義務付け、これを拒否した場合は懲戒処分の対象とすることも理論的には可能なように思われます。
しかし上記判例は、頚肩腕症候群により長期に渡り労務軽減措置が取られていた従業員が、頚肩腕症候群の再検査受診拒否をしたための懲戒処分という状況における判断であったことからすれば、再検査・精密検査一般の受診拒否に対して懲戒処分が可能とまではいえないと思われる点に注意が必要です。
6 事業主の方からの労務に関する相談はお気軽にお問い合わせください
健康診断の実施・受診の義務や健康診断受診拒否があった場合の法律問題について詳しく解説しましたが、いかがだったでしょうか?
労働者の健康情報の管理に関する法律問題は多岐に渡り、複雑です。重要な個人情報をめぐる法律問題でもあるため、対応を誤ると思いもよらない大きな問題に発展しかねません。
当事務所では会社・事業主の方からの労務に関する相談を常時承っております。労働者の健康情報に関する問題でお悩みの企業様におかれましては、まずはお気軽にお問合せください。
弁護士 阿部 貴之
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