高年齢者雇用安定法について
Contents
1 高年齢者雇用安定法とは?
(1)高年齢者雇用安定法の目的
わが国では少子高齢化の進行により人口が減少し、年々人手不足が深刻化していっております。
高年齢者雇用安定法は、このような人手不足に対応するべく、働く意欲がある誰もが年齢にかかわりなくその能力を十分に発揮できるよう、高年齢者が活躍できる環境整備を図るために制定されたとされております。
(2)実際には年金支給開始年齢の引き上げの必要により制定・改正されてきた
ただ、高年齢者雇用安定法が成立された歴史的経緯としては、厚生年金の支給開始年齢が長期的・段階的に引き上げられていく中、定年後年金の支給が開始するまでの間、労働者が無収入になり経済的に困窮するような事態を避けるために、政府が助成金を支給しつつ定年年齢の引き上げや65歳までの再雇用制度の導入が進んできたというものです。
そのため、後述するように、定年延長後ないし定年後再雇用の場面における賃金額としては、従来の賃金よりも相当程度減額になること自体は裁判所も認める傾向にあります。
現在では65歳まで働くことは当たり前という認識が定着していることと思いますが、実際の状況としても、令和2年時点で99.9%の企業が65歳までの雇用確保措置を実施しているということが厚生労働省の調査報告において明らかにされております。
2 高年齢者雇用安定法に定められた義務と違反のペナルティ
(1)企業に義務付けられている雇用確保のための措置
まず、60歳未満の定年が禁止されております。
そして、事業主は、次の3つのうちいずれかの措置を講じなければなりません。
・定年年齢を65歳以上とすること
・定年制を廃止すること
・65歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度等)を導入すること
(2)違反した場合のペナルティ
上記(1)に記載した義務に違反した場合はペナルティがあります。
具体的には、違反企業に対し厚生労働大臣は助言・指導を行うことができるとされ、助言・指導に従わない場合には勧告がなされ、企業名が公表される対象となりますが、罰則までは定められておらず、また、裁判例では、再雇用制度がない企業に対して再雇用や定年の延長請求をする権利などが労働者に認められているわけではないとされております(NTT西日本(大阪)事件大阪高判H21.11.27など)。
もっとも、前述のとおり令和2年時点で99.9%の企業が65歳までの雇用確保措置を実施している状況ですので、人手不足が深刻化している我が国においては、高年齢者雇用安定法に違反しているような企業には人が集まらないということが事実上のペナルティになると思われます。
(3)2021年4月施行の改正点
2021年4月に施行された改正高年齢者雇用安定法のポイントとしては、自社で雇用していた無期雇用社員について65歳から70歳までの就業機会を確保するため、以下のいずれかの措置を講ずる努力義務が課されたという点です。
・70歳までの定年引き上げ
・定年制の廃止
・70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入
(特殊関係事業主に加えて、他の事業主によるものを含む)
・70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
・70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入
→a. 事業主が自ら実施する社会貢献事業
→b. 事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業
これはあくまで努力義務であるため企業にペナルティはありませんが、様々な助成金の対象になっているため、従業員に対して安心感を提供して定着率や応募者数の増加に繋げたり、多様な労働力の確保を通じて人手不足を補ったりという積極的な人事戦略との関連で活用していくことが考えられます。
3 定年後再雇用制度を採用している企業が知っておくべきポイント
(1)適切な運用においてのポイントとは?
ほとんどの企業が高年齢者の雇用確保措置を導入してはいるものの、中小企業などにおいては人手不足のために手が回らず、十分に就業規則が整備され、適正・円滑に運用できているとは限らないと思われます。
そこで、以下いくつかポイントを解説します。
(2)再雇用時の処遇について
再雇用労働者の労働条件を検討するにあたっては、高年齢者雇用安定法の趣旨である無年金・無収入でも生活が不安定になって貯金を切り崩すような状況にならないようにするという点に配慮する必要があります。
その上で、再雇用労働者と正社員との①業務の内容等、②業務、配置の変更の範囲、③その他の事情を比較し、①と②が異なるとしても処遇が違うことが不合理とはいえないものになっている(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パート有期労働法)8条)ことが必要です。
再雇用時の処遇について判断した裁判例としては北日本放送事件(富山地判H30.12.19)、九州惣菜事件(福岡高判H29.9.7)などがあります。
北日本放送事件では年収が843万円から322万円に減額されているものの不合理な相違とはいえないと判断されており、九州惣菜事件では再雇用にあたって会社からなされた賃金の提案が月収ベースの賃金の約75パーセント減少につながるものであったことについて裁量権を逸脱又は濫用した違法性があり不法行為にあたるとして慰謝料100万円の支払いを会社に命じており、これら裁判例によれば6~7割程度の減額であれば許されるようにも見えます。
しかし、これら裁判例においては、その会社の退職金の設計、年金の設計、高年齢雇用継続基本給付金がどれだけ支給されるかを踏まえ、その労働者の生活に破綻をきたすようなものではなく、生活の安定にも配慮したものとなっているかどうかを個別に吟味検討した上で、不合理な相違とはいえないと結論付けられております。
そのため、何割まで給与を減額しても問題ないかは会社ごとに異なってくるということになります。
再雇用の条件を決定するにあたっては、退職金、年金、給付金の額を踏まえ、その労働者が無理なく生活できるのかを十分に検討することが欠かせないといえます。
さらに、任せる職務内容や配転の範囲なども賃金額に影響してくると考えられます。
(3)再雇用高年齢者の雇い止めについて
類型としては、①再雇用・更新の対象者を限定できる経過措置(2025年3月31日に終了予定)に基づき労使協定で対象基準を定めている場合の雇い止めと、②その再雇用従業員が問題を起こしたとか、会社の業績が悪化したとかいったことを理由とする雇い止めが考えられます。
上記①の経過措置による雇い止めはどういった場合に可能かというと、客観的に見て、労使協定で定めた基準を満たしていないといえる場合には雇い止めが可能になると考えられます(エボニック・ジャパン事件(東京地判H30.6.12))。
上記②の雇い止めについては、一般的な有期雇用社員の場合と同様の雇い止めとして判断されると考えられますが、定年後再雇用であるという事情が加味されると考えられます。業績悪化を理由に定年後再雇用従業員を雇い止めした事案として、労使協定に定めた基準は満たしていたものの人員削減の必要性が高いことから雇い止めを有効と判断したフジタ事件(大阪地判H23.8.12)があります。
4 定年年齢を65歳とする場合に知っておくべきポイント
(1)定年延長にあたって注意すべき点とは?
厚生労働省の調査結果(令和2年)によれば、65歳定年企業は30,250社[2,537社増加]18.4%とのことで、企業全体の2割に満たないものの増加傾向にあります。
定年延長にもいくつかの類型が考えられます。単に定年を65歳まで延長するのみで賃金や労働時間に変更はないという類型、定年を延長することで退職金の支給時期が65歳まで延期されるものの賃金や労働時間に変更はないという類型、賃金制度自体を見直すという類型などが考えられます。
定年延長の導入にあたって留意すべき点としては、これらの変更が就業規則の不利益変更にあたり無効となってしまわないか、というところであろうと思います。
(2)就業規則の不利益変更にあたるのか?
定年の延長に伴って就業規則の不利益変更が生じるか否かについては、過去に定年が55歳から60歳に引き上げられた際の裁判例が参考になります。
【第四銀行事件(最判H9.2.28)】
この事案は、「退職時までの賃金総額の名目額が減少することはなく、退職金については特段の不利益はないものの、従前の定年後在職制度の下で得られると期待することができた金額を二年近くも長く働いてようやく得ることができる」
という事実関係のもと、最高裁は以下のとおり就業規則の不利益変更にあたると判断しております。
「勤務に耐える健康状態にある男子行員において、五八歳までの定年後在職をすることができることは確実であり、その間五四歳時の賃金水準等を下回ることのない労働条件で勤務することができると期待することも合理的ということができる。そうすると、本件定年制の実施に伴う就業規則の変更は、既得の権利を消滅、減少させるというものではないものの、その結果として、右のような合理的な期待に反して、五五歳以降の年間賃金が五四歳時のそれの六三ないし六七パーセントとなり、定年後在職制度の下で五八歳まで勤務して得られると期待することができた賃金等の額を六〇歳定年近くまで勤務しなければ得ることができなくなるというのであるから、勤務に耐える健康状態にある男子行員にとっては、実質的にみて労働条件を不利益に変更するに等しいものというべきである。」
これに対しては以下のような裁判例もあります。
【協和出版販売事件(東京高判H19.10.30)】
この事案で東京高裁は「永年事実上運用されて来た旧嘱託制度の下での55歳から60歳に達するまでの賃金と対比しても多少なりとも従業員に有利な内容となっていることは明らか」であるほか、「退職金の支払期は、退職時であるから、55歳支給から60歳支給に繰り下げられて」いるものの、「55歳で確定した退職金の50%相当額(平成17年3月1日からは、50%相当額から60%相当額に引き上げられた。)を本人の申し出により55歳から60歳にかけて分割支給することができるものとされていることを考慮」し、就業規則の不利益変更にあたらないと判断しております。
以上からすると、再雇用制度がすでに導入されている会社においては、その導入自体に上記3で解説したような高年齢者雇用安定法等に違反するような問題がなかったのであれば、これを定年制に切り替えたとしても、そもそも就業規則の不利益変更にあたらない可能性も十分ありうるところですが、退職金の支給時期が後ろ倒しになるような場合にあっては、上記協和出版販売事件のような退職金の支給について選択制をとるような配慮が必要かと思われます。
もっとも、就業規則の不利益変更にあたったとしても、その変更に合理性が認められれば就業規則の変更は有効となります。上記第四銀行事件においても、最高裁は最終的には就業規則の不利益変更に合理性を認め、有効と判断しております。
以上、ポイントを絞って解説しましたが、高年齢者の雇用については気を付けなければならない点が多々あります。
また、元々有期雇用の契約社員についてはどう扱うべきなのか、ということになると、また別に検討すべき問題が多数あります。
定年延長制度導入や実際の運用(再雇用・雇い止め)にあたってはお気軽にご相談ください。
弁護士 阿部 貴之
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